819話
札幌での騎乗を終えて、帰りの空港でも雄太と鈴掛は土産物屋を覗いていた。
「鈴掛さん、鈴掛さん。これ良いんじゃないですか?」
「……雄太……」
「はい?」
「お前、それ……。いや、良い」
雄太がニコニコと鈴掛に見せたのはピンクと赤のマグカップだ。色だけでも鈴掛は使わないのではと思われるのに、形がハート型だったのだ。
「え? 鈴掛さんは新婚なんですから、こういうの良くないですか?」
「……本気……か?」
純也と梅野なら、マジな顔をしながらからかってくるのが分かっている。だが、雄太なら本気で言っているように思っているからヒクヒクと頬が引きつってしまった。
「新婚ってこういうのペアのマグカップとか使ってるイメージないですか?」
「まぁ……ないとも言えないけど……よぉ……」
「でしょ? 彼女さん……忍さんでしたっけ? 若いんだし、新婚なんだし、こう言う可愛いの使いたいって思ってないですか?」
鈴掛は少し考えて引きつった笑いを浮かべて、右手を左右に振った。
「……いや、片方ならまだしもペアは……」
「いや、こういうのはやっぱりペアでしょ」
「お前……俺がこれ使ってるの想像出来るか……?」
雄太は少し上を見ながら考えて、なんとも言えない顔をした。そして、苦笑いを浮かべる。
「……鈴掛さんよりも忍さんの意見を尊重しましょう」
「お前、それは俺にそのマグカップが似合わないって言いたいんだろ?」
「そんな事はないですよ? あ、俺が買ってプレゼントするんで使ってくださいね」
ニコニコ笑う雄太に、鈴掛の顔が更に引きつる。そして、そっぽを向いた。
「可愛い後輩からだとしても……。これは遠慮させてくれ」
「ん〜。そうですか? 可愛いと思うんだけどなぁ〜」
「んじゃ訊くけど、お前ならソレ使えるか……? あ、いや良い」
雄太と春香がニコニコと笑いあいながらハート型のマグカップを使っているのは、安易に想像出来てしまった。
結局、ハート型のマグカップは買わずに飛行機に乗った。シートに体を預け、後数時間で春香に会えると思うと、雄太の表情が柔らかくなる。
「お前、今春香ちゃんの事考えてたろ?」
「え? あはは。てか、俺しょっちゅう言われるんですよね。そんなに分かりやすいですか?」
「分かりやすいなんてモンじゃないって。デレデレって感じだぞ?」
何年経っても幸せいっぱいという感じの雄太達が羨ましく思えた。
(俺が失敗したからだと思うが、本当に良い夫婦だよな)
騎手は結婚年齢は比較的若いと言われている。だが、雄太のように十九歳で結婚した騎手は少ない。デビュー二年目では収入が安定していないし、まだ競馬に集中しろと言われる事が多いのだ。
「そんなにデレデレしてるつもりはないんですけどね」
「いや、ラブラブ夫婦なんだぞって顔に書いてるぞ? どう見ても新婚って感じのさ」
「ははは。理由は簡単です」
「ほう? 結婚して何年も経ってて理由ってのは?」
真面目な顔をした鈴掛が雄太に訊いてみる。
「え? ん〜。感謝と思い遣り……ですかね?」
「そうか。うん、そうだな。言うのは簡単だけど、難しいんだろうな」
何度も雄太宅で宴会をしている時から、その時に雄太も春香もお互いに『ありがとう』と言っているのを知っている。
(『ありがとう』……か。結婚しても、騎手としても、調教師になっても、ちゃんと感謝を伝えていかないとな。黙っていても伝わるなんて思い上がりだからな)
鈴掛は年齢的に調教師の道へをと考えていた。
『鈴掛。お前は馬を育てるほうも向いてると思う。調教師には定年がある。本気でやりたいなら、そろそろ調教師の道を考えても良いんじゃないか? 騎手はいつまでもやれる仕事じゃないのは分かってるだろう?』
(俺、三十四だもんな……。後何年乗れる……? 今はまだ体力はある……。まだ重賞も獲れてる……。でも……俺は乗って調教が出来る調教師になれんじゃないか……? 乗って判断するのって、一番分かりやすいんだよな……。かと言って騎手を辞めたいか……?)
春香に会いたさでワクワクしている雄太の隣で、鈴掛は考えまくっていた。




