815話
5月21日(日曜日)
東京競馬場 10R 第56回優駿牝馬 G1 15:35発走 芝2400m
東京競馬場で開催されるG1優駿牝馬に雄太は出場する。
今回は梅野と純也が一緒に出場する事になっている。純也もG1は何度も経験して落ち着いているように見える。
(何で今日も曇りなんだよぉ……)
先週と同じような曇り空を雄太は見上げている。
今回の騎乗馬はチューリップ賞から鞍上を任させている馬だ。
「頑張ろうな。二回連続で二着だったろ? だからさ、今度こそ優勝してアッと言わせてやろう、な?」
競馬場は騎手の力だけでどうにかなるものではない。だが、最後の最後を何とか出来るのは鞍上だけだ。
入れ込みやすいのを分かっているから落ち着くようにとなだめてゲートに入った。
(雄太くん……。雄太くん……)
午前中から東雲に戻っていた春香は待合のテレビの前で祈る気持ちでいた。
「パッパ」
「パパ、ガンバレェ〜」
「パーパ、バンバエ〜」
子供達も声援を送っていた。そして、春香の横では直樹が声援を送っている。
「雄太、頑張れよ〜」
「……お父さん……。家で安静にしてて欲しいんだけど
……」
「春達が店にいるのに、俺だけ家で寝てるの嫌じゃないか」
呆れた顔で春香が言うと、直樹はそれ以上に拗ねた顔をする。
『腰に違和感があるんだが、午前中は予約が多くて春のところに行けそうにないんだ。悪いが店に来てくれないか?』
直樹からの電話を受けた春香は大急ぎで草津まで車を走らせ、受付の手伝いをしたり、客が減ったタイミングで直樹の腰の施術をしていたのだ。
里美が『午後は臨時休業させていただきます』と書いた紙を出入り口に貼り、なんとか客がはけた時には優駿牝馬の出走時刻が迫っていた。
「春と孫達が……」
「分かった。雄太のレース始まるから、話は後でね」
冷たく言われて直樹が目をウルウルとさせた時、ガシャンとゲートが開いた。
直樹の姿に里美は呆れながら、俯いてクスクスと笑っている。
(仕方ないわよ、直樹。春香は雄太くんに夢中なんだから)
春香と子供達は目を輝かせてテレビの向こうの雄太に声援を送っている。
中団の馬群の中、雄太は懸命に馬を落ち着かせようとしているように見えた。先行する数頭の馬につられているのか我先にと行こうとしているのだ。
(まだ若い子達だもんね……。雄太くん、大丈夫かな……? 大丈夫だよね?)
若い馬は乗り難しいと雄太だけでなく、鈴掛達も話していた。
気性が荒いと言うよりも競馬を覚えてないからだと言っていた通り、2400メートルだと言うのにペース配分もなく走っているように見えた。
4コーナーを回っても、雄太はまだ馬群の中にいる。
(雄太くん……。雄太くん……)
手を合わせて祈る春香と、力を込めて応援している子供達と無言で拳を握り締めている直樹と里美がテレビを見詰めていた。
先週と同じように4コーナーを回っても、雄太は馬群の中にいた。直線コーナーに入るとスタミナの限界がきた馬達のスピードが落ちてくる。
「雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼」
「パパっ‼」
「パーパっ‼」
「パッパ」
「雄太ぁ〜っ‼ いっけぇ〜っ‼」
バラけた隙間をぬって雄太は上手く外へ外へと進路をとった。そして、グングンと後続を突き放しかけた。
先週と違って、雄太は単独でゴール板を駆け抜けた。
「やったぁ〜」
「パパ、イットウショウ〜」
「パーパ、カッタァ〜」
「パッパ〜」
「おぉ〜っ‼ 雄太快勝だなっ‼」
雄太の優勝にテンションが上がった直樹は喜びのあまり、つい立ち上がりそうになり里美に肩をグイッと押さえつけられた。
「もう。春香の施術を無駄にするつもり?」
「あ……いや……。つい……」
苦笑いを浮かべた直樹に、春香は優しく微笑みかけた。
「お父さんが喜んでくれて、雄太くんも喜んでくれると思うよ。ありがとう」
「ああ。雄太におめでとうって言っておいてくれ」
「うん」
春香は子供達を直樹と里美にお願いをして馴染みの肉屋へ走り、良い肉を買い込んで自宅へと戻って行った。




