810話
食事がほぼ終わり、鈴掛達はチビチビと呑んでいた。
ご馳走様をした凱央は健人に近寄っていった。
「ケンニィチャン」
「どうした、凱央」
「ドコニカ二イクノ?」
凱央には競馬学校と言われても理解が出来なかったのだろう。
ただ、しばらく会えないと雄太達が言っているのを聞いて、健人がどこかにかに行くのは分かったようだ。
「凱央のパパと同じ騎手になる為に学校に行くんだ」
「ガッコウ?」
「えっと……、馬に乗る練習をしに行くんだ。分かるか?」
「ウン」
淋しそうな顔をした凱央の頭を、健人は優しく撫でた。
「実地研修になったら栗東に帰ってくるからな? そしたら、ちょっとは会えるからな?」
「ウン。ボク、マッテルネ」
「ああ。応援しててくれよ?」
「ウン。オウエンシテル」
ほんの少し健人も淋しそうに見えるのは気の所為ではないだろう。
凱央以上に理解出来ていない悠助と俊洋は、梅野と純也に遊んでもらっている。
(悠助達は、今は理解出来てないけど、健人が遊びに来なくなったら淋しがるんだろうなぁ……)
それでも健人は自身の夢を叶える為に前進していくのだ。
乗馬教室でも才能を認められている健人なら、良い成績で卒業するだろうと雄太達は思っていた。
「健人、頑張ってこいよ」
「うん。雄太兄ちゃん」
「怪我しないようにね」
「ありがとう、春香」
お開きになった後、家に戻る健人を見送りに雄太達は門扉の外へ出た。
雄太は大きな紙袋を差し出した。健人が驚いていると、雄太や春香だけでなく、鈴掛達もニッコリと笑っている。
「これは、俺達からの餞別だ」
「ありがとう……。ありがとうございます」
受け取った紙袋をしっかり抱えた健人の目は少し潤んでいる。
健人は大きく手を振って自宅へ向かって帰っていった。
自宅に戻った健人は父母に雄太達からもらった紙袋を見せた。
健人の父母は、健人の卒業と入学を祝ってくれた雄太達に感謝をしていた。
ガサガサガサ
自室に入り、もらった紙袋の封を解く。大きく膨らんだ紙袋の中に入っていたのは、雄太の使っているスポーツブランドのウェア類だった。
「うわぁ……。スゲェ……」
一つ一つ取り出して床に並べていく。
健人が好きな赤のトレーニングウェアや、白に赤いラインが入っているTシャツや靴下が複数入っている。
(こんなに……たくさん……)
競馬学校は訓練がメインである。着替えがたくさん要ると分かっているからだろう。
(あ……これ……、純也が特注だって言ってた奴だ……)
素材や長さまで拘って作ってもらっていると言ってたリストバンドが三組も入っていた。しかも『Kento』と刺繍が入っている。
なんだかんだと子供の喧嘩のようにじゃれ合いをしているが、純也も健人を弟のように思っているのだ。
(ありがとう……)
素直になれないところは健人も純也と似ているのかも知れない。
健人は競馬学校に持っていく荷物を詰めた段ボールの開けた。そして、一つ一つ入れていく。
(俺、絶対に騎手になるから。頑張って、追いつくから)
雄太達と共にレースで競う日を夢見て、段ボールを閉じた。
子供達が寝静まった後、雄太と春香はリビングのソファーで夫婦の時間を楽しんでいた。
「健人が競馬学校かぁ……」
雄太は数日後には千葉へ向かう健人を思い小さく笑った。
「三年後が楽しみだね」
「そうだな。まぁ、デビューしたら容赦しないけどな」
「ふふふ。言うと思った」
競馬で雄太が手加減などしないのを知っている春香はクスクスと笑う。
「あいつは良い騎手になるよ、きっと」
「うん」
小学生になった時から雄太に憧れ目標にしてきた健人が、これから騎乗技術を磨き、どんな騎手になるのだろうと想像すると雄太もワクワクしてしまっている。
「健人くんがデビューしたらサインもらう約束してるんだぁ〜。楽しみ」
「絶対、健人のデビュー戦は勝たせないようにしよう」
本気なのか冗談か分からない雄太の言葉に、春香は笑い転げた。
旅立ちの春はもうすぐだ。




