7話
春香は消していた照明を点けると、用具庫から施術用具やタオルを取り出していく。
(どんな状態なんだろう……。ううん。どんな状態であっても、私は私の出来る事を精一杯やるだけ……)
「慎一郎調教師。神子の手、おさえられました」
電話を終えた鈴掛が雄太達の所へ戻って来てそう言った。
雄太と純也は顔を見合わせた。
(ミコ……? ミコって巫女さん? 何で今のこの状況で『巫女』って単語が出て来るんだ……?)
理解出来ずにいる二人を置き去りに、大人二人は会話を続ける。
「そうか。すまんが雄太を連れて行ってくれるか? ちょっと気になる馬がいてな」
(そう言えば、今朝そんな事を言ってたっけ……)
調教師は馬の調教だけでなく、体調管理にも責任がある。
G1に出場する馬ともなると預かっているだけで心労は半端ないと雄太は聞かされていた。
「雄太。今から鈴掛に草津に連れて行って貰え。純也、お前は どうする? 帰るなら寮まで送って行くぞ?」
慎一郎は、ソファーに座り飲み終えたコーヒーの缶を握っている純也に声を掛けた。
「おっちゃん、俺……。あ 鷹羽調教師だ」
子供の頃からの癖で『おっちゃん』呼ばわりする純也に慎一郎は笑う。
「今は仕事場じゃない。おっちゃんで良い」
幼い頃から家に来ては雄太と遊んでいた純也は、慎一郎にとって雄太と同様だ。
「うん。おっちゃん。俺、心配だし着いていく」
「そうか。じゃあ 頼むな」
慎一郎はそう言うとトレセンに戻って行った。
「んじゃ、俺達も急ぐぞ」
草津の何処に向かうかも分からない雄太と純也を車に乗せて、鈴掛は 車を走らせた。