808話
3月4日(土曜日)
中京競馬場で開催されたG3の中日新聞杯に雄太、鈴掛、梅野は出場した。
接戦の末、雄太は優勝を飾り、梅野は二着、鈴掛は三着となり、後検量の後に鈴掛と梅野は雄太の頭をグリグリと撫で回していた。
「雄太、お前年が明けてから重賞いくつ目だ?」
「え? 三つ目です」
「シレッと三つ目ってぇ〜」
負けた悔しさはあるものの、後輩である雄太が勝って嬉しい気持ちがある。
「今回は乗り替わりだったんで少し不安はあったんですけど、上手くいきましたよ」
「それでも重賞の一勝だ。良かったな」
「はい」
結婚が決まっている鈴掛は、更に優しい目をするようになったと雄太は思った。
「雄太、明日も頑張ろうなぁ〜」
「はい、梅野さん」
雄太と梅野は、翌日の騎乗依頼をもらっている京都競馬場に移動し、鈴掛は中山競馬場へと移動した。
土曜日に中京で二勝、日曜日に京都で三勝した雄太は、ホクホク顔で自宅へと戻った。
「雄太くん、おめでとう」
「ありがとう、春香」
雄太にサインをもらった春香は、ニコニコと笑いながらサイン色紙を眺めていた。
(本当、春香は変わってないなぁ〜)
付き合っている頃から、サイン色紙を眺めては喜んでいる姿を見ると雄太も笑顔になってしまう。
「これでサイン色紙何枚になった?」
「ん〜? 何枚だろう? 重賞だけでなくて海外の初騎乗とか、海外初勝利とかもあるし、枚数は覚えてないなぁ……」
春香は一生懸命に指折り数えているが、分からないと苦笑いを浮かべている。
実際、コレクションルームの春香用のブースには雄太のサイン色紙だけでなく、カームやアルの蹄鉄や尻尾の抜け毛、一緒に撮った写真なども飾ってある。
何となく二人でコレクションルームへ向かった。
「本当、増えたよな」
「雄太くんのトロフィーとか飾ってるほうは広めにしておいて良かったね」
「いや、春香のほうな?」
「えへへ」
春香は嬉しそうに笑いながら、サイン色紙を棚に飾る。
「あれ? サイン色紙、これだけじゃないよな?」
「あ、うん。ここは新しいのを飾ってて、前のはここの引き出しにしまってるの。並べておきたいのは、初めてもらったサインとか、カームと菊花賞獲った時のとか特別なのを飾ってるの」
そう言って春香は引き出しを開けた。
きちんと薄紙に包んでビニール袋に入れて、たくさんの色紙が保管してあった。
「そっか。じゃあ、この引き出しにも入り切らなくなるぐらいに頑張らなきゃな」
「うん」
二人で並んで、雄太のトロフィーなどが並んでいるのを見詰める。
「こんなに多くのトロフィーや盾が獲れたのは春香のおかげだな。ありがとう」
「雄太くんが一生懸命頑張ってきたからだよ?」
口取り式の写真、カームやアルと撮った写真を見ると思い出がありありと蘇ってくる。
「俺は春香と子供達の笑顔が見たいんだ。精一杯応援してくれてるんだろうなって思うと、力が湧いてくるんだよ。俺だけの力だけじゃない。春香達がいてくれるからなんだ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいな」
雄太は春香と歩んできた騎手としての日々がこの棚に飾ってあるトロフィーなどだと思っている。
「まだまだ獲りたいタイトルがあるから頑張らないとな」
「うん。ここに並べきれないぐらいに頑張ってね」
「ああ。足りなくて困ったなってぐらいに頑張るよ」
まだ雄太のブースには余裕はある。春香が目一杯広く造ってもらったからだ。
初めての重賞、初めてのG1。トロフィーや盾をきちんと並べてある。どれも大切で思い出深い。
「端まで全部埋まったら壮観だろうね」
「だろうなぁ〜」
「コレクションルームって言うより、鷹羽雄太博物館って言っても良いぐらいになっちゃうね」
「博物館って」
雄太がいつまで騎手を続けられるかは誰にも分からない。
いくつもの最年少記録を塗り変えてきたが、それもいつか塗り変えられるだろう。
(それでも俺は前に進むんだ。競馬が好きだから……。騎手って仕事が大好きだから……)
春のG1シリーズに向けて、気合いを入れる雄太だった。




