805話
二月に入った。まだ、時折ニュース速報が余震を伝えていた。
春香も子供達も少しずつ慣れていってはいたが、被災地の人々はどれだけ怯えているだろうと、雄太も春香も心を痛めていた。
(競馬を見る気にならない人達がたくさんいるのは分かってるけど、俺は俺のやるべき事を精一杯やるだけだ)
5日のきさらぎ賞を勝ち、今年度一つ目の重賞を獲れた事にホッとしていた。
2月14日のバレンタインデーには、春香は雄太好みの甘さ控えめのチョコレートがプレゼントした。凱央と悠助にはホワイトチョコとストロベリーチョコ、まだチョコレートを食べさせるには早い俊洋にはミルク煎餅を準備していた。
「ありがとう、春香」
「ママ、アリガトウ」
「アリアト、マーマ」
可愛くラッピングした紙袋をギュッと抱き締めながら、凱央と悠助は嬉しそうに笑った。俊洋はミルク煎餅が折れるのではないかと思うぐらいに抱き締めている。
「食べるのは良いけど、少しずつだぞ?」
「ウン。キョウハヒトツダケニスル」
「ボクモ〜」
凱央と悠助は紙袋のリボンを解き箱を取り出し、どちらを食べるか迷っている。
俊洋はリボンを持ってブンブンと振り回している。
「ンママママァ〜」
「ちょっ‼ 食べたいのは分かった。落ち着け」
雄太は俊洋が振り回している紙袋を受け止め、リボンを解き中からミルク煎餅を取り出して小袋を開け右手に持たせた。
シャク、シャク
小気味良い音を立てて齧る俊洋と、チョコを一粒口にして満足気にしている凱央と悠助を見詰める雄太の目も優しい。
凱央と悠助は紙袋の中にチョコの入った箱を入れて、リビングボードのほうへ持って行く。
「ウ?」
俊洋はキョトンとして凱央達を見ていた。そして、ヨチヨチと近づいていった。
「トシヒロ。オヤツハ、ココニシマウンダヨ」
凱央が言うと、俊洋はミルク煎餅の入った袋を持っている雄太のところへ戻った。雄太がリボンを結び直して手渡すと、またヨチヨチと凱央達のところへ向かう。
「チャチュチオ〜」
「トチヒロ。イイコイイコ〜」
凱央と悠助がオヤツ箱の前で笑って待っていてやると、俊洋はポイとオヤツ箱の前に紙袋を置いた。
凱央が拾って箱の中に入れてやると、俊洋はパヤッと笑った。
「トシヒロ、イイコ」
「チョ……」
俊洋の言葉に雄太と春香が顔を見合わせる。
「もしかして凱央って言いたいのかな?」
「そうかも」
凱央はニコニコと笑って俊洋の頭を撫でてやっていた。
「ソウダヨ。ボクハ、トキオダヨ」
「チョ」
凱央に褒められて嬉しくなったのか、俊洋は悠助の手を握った。
「ウ……」
「ボクハ、ウースケラヨ」
「ウー」
名前を呼ばれて嬉しいのは、凱央達も同じようだ。凱央達は俊洋の手を握ってオモチャ箱のほうにいって遊びだした。
俊洋の歩調に合わせて、ゆっくり歩いていたのも、凱央達の優しさだと思うと雄太も春香も嬉しかった。
「ん?」
「どうかした?」
子供達を見ていた雄太は隣に座っていた春香を見る。
「俊洋って、まだママって言ってない? 俺の事は『ンパ』って言ってるけど……」
「フフフ。雄太くんはまだパパって言ってもらってないでしょ? 私は、ちゃんとママって言ってくれてるもんね〜」
「え゙? マジ?」
春香はいたずらっ子のように笑うと、凱央達と遊んでいる俊洋に声をかける。
「俊洋。ママにおいで〜」
俊洋はンショと立ち上がると、ヨチヨチと春香のほうへと歩いてくる。
「マッマ」
「え? あ、ママって言ってる」
「マッマ」
「ちゃんとママだ……」
春香が両腕を広げて俊洋を待つ。ヨチヨチ、ヨチヨチと歩いてきた俊洋は春香に抱きついた。
「マッマ」
「俊洋、良い子ね〜」
春香はギュッと抱き締めてやる。
「と……俊洋、パパだぞ。パパ」
「ンパァ」
「パ、パ」
雄太が一生懸命にパパと言わせようとしていると、凱央と悠助が走ってきて春香に抱きついた。
「ママ、ダイスキ〜」
「マーマ、ダイチュキ〜」
「マッマ」
三人の子供達に抱きつかれ、嬉しそうに笑う春香を雄太も抱き締めた。




