78話
春香は、いつもより早く開店作業を済ませると、直樹と里美の自宅を訪れ
「神社で、鷹羽さんにサインもらって来ます」
と告げた。
大切そうに色紙を抱えて出掛けて行く春香の姿を見て
「ねぇ……。あの子……サインをもらうって言うだけで、あんなにウキウキとしてるのに、まだ自分の気持ちに気付いてないのかしら……?」
と言って、里美は直樹を見た。
直樹は、初めて見る春香の姿に複雑な思いを抱えていた。
(春も……女の子……なんだよな……。年齢的に恋をしても、全然おかしくないんだけど……)
そんな思いを隠しながら
「だろうね」
と呟いた。
直樹と里美は 顔を見合わせて、深い溜め息を吐いた。
「恋を自覚するなんて、今時幼稚園児や小学生で……え……?」
「ん……? ……これは…… 」
テレビのニュースで流れて来た情報に、直樹と里美は固まった。
「直樹……」
「俺達と関わっていない件……だな……」
直樹の顔が険しくなる。
「春香……ショックを受けるかしら……」
里美は、神社のある方に視線を向ける。
「どうだろうな……」
直樹は、直ぐ春香に伝えるべきなのか悩んだ。
(せっかくの楽しい時間を邪魔するのも……なぁ……)
10時少し前
雄太は、神社の最寄りのバス停から歩いていた。
(市村さん、どんな格好してるのかな……? 梅野さんが言っていた白っぽいコートかな? ポニーテールしてるのかな……? )
そんな事を思いながら鳥居の前で一礼をし、ふと右側を見ると青いリボンが揺れているのが見えた。
(あ……)
オフホワイトのダッフルコートを着た春香がベンチに座っていた。
「市村さん」
雄太が声をかけると、春香は振り向きながら嬉しそうに笑った。
「鷹羽さん。おはようございます」
雄太はドキドキしながら、春香に近付いた。
(こ……これが、マジのプライベートの市村さんなんだ……。プロのスイッチが切れた時より、ずっと幼く見えるな……。俺と同級生って言っても通じそうだ……。か……可愛い……)
細身の黒いジーンズを履き、メンズテイストのショートブーツを履いているのに、それすら可愛く見えてしまうのは、雄太が春香に恋をしているからだろう。
春香は、胸に抱えていたビニール袋入りの色紙を膝に置いて
「鷹羽さん……? 」
と自分に近付いたまま黙って立ち尽くしている雄太を見て声をかけた。
少し首を傾げた姿は、梅野の言っていた『親父ウケが良い』と言うのを納得させるには充分だった。
「あ……。おはようございます。まだ 10時になってないですよ? 待っててくれたんですか? 」
雄太がそう言いながらベンチに近付くと、春香は小さな声で
「近いですし……。それに……」
と答えた。
(それに……? 何だろ? )
雄太がベンチに座ると、本当に小さな声で
「待ち切れなくて」
と言って、春香は手にしていた色紙で顔を隠した。
ギャク漫画なら、大きなハートの矢が雄太の胸を貫いている……そんな感じだろう。
(ちょっ!! そ……そんな事、言われたら……。何でこんなに 可愛いんだよっ⁉ 反則だろ……っ‼ )
心臓はバクバクとしているが、それはさすがに悟られたくはない。
男して恥ずかしい。
年下ではあるが、やっぱり格好はつけたい。
冷静なふりをして、雄太は ペコリと頭を下げた。
「一週間お待たせしました。応援ありがとうございました」
雄太が頭を上げると、春香は ニッコリと笑って
「初勝利おめでとうございます。サインください」
と言って、うやうやしく色紙とマジックを差し出した。




