第30章 変化と安定 776話
1995年1月1日
新しい年が明けた。雄太が毎年行っていた挨拶周りも、相手方から『なしで』『お互い会った時で』などと言われ家族で過ごせる正月となった。
「ん〜。何か、行かなくて良いと言われたけど、それはそれで……」
「調教師方からの申し出だもんね。無理に行きますとは言えないし」
慎一郎も各所には『無理がない程度で』とは言ってあると言っていた。
若い調教師達は家族と旅行をしたり、普段行けない妻側のほうに行ったりしたいと聞いていた。
「父さんは、そう言う時代になったんだって言ってたよ。古くからあるものでも、残すものと変えるものがあっても良いなんて言ってたな」
「うん」
昭和の古い親父的な考えをしていた慎一郎が、最近は拘らなくなっている部分が多くなったと理保が言っていた。
『古臭いガチガチに凝り固まった頭じゃ、風通しが良い競馬界にはならないだろうな。そりゃ、フルオープンには出来ないけどさ』
鈴掛は自分が調教師になったら、もっと変えていける部分は変えたいと言っている。
「仕方ない。とりあえず実家に顔出ししよう」
「仕方ないって。もう〜」
春香はクスクスと笑いながら、子供達の着替えを準備し始めた。
「父さん、母さん。明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます。お義父さん、お義母さん」
「ジィジ、バァバ。オメデトウゴザイマス」
「ジィ〜、バァ〜」オメエトゴライマシュ」
一家揃って挨拶をすると、慎一郎と理保はニコニコと笑って出迎えた。
「おぉ、おめでとう。雄太、春香さん。凱央、悠助、俊洋もおめでとう」
「おめでとう。皆元気で新年を迎えられたわね。ちゃんとご挨拶出来て偉いわ」
慎一郎と理保は、きちんと挨拶が出来た可愛い孫達を抱き締める。雄太が俊洋を床に降ろすとヨチヨチと歩いて慎一郎に手を伸ばす。
「ンバァ……タゥ…」
「お、もう少しだぞ」
慎一郎の目尻が下がりまくる。一歩、一歩と歩き、俊洋が近づき慎一郎に抱きつくとヒョイと抱き上げた。
「よしよし。上手に歩けるようになったな。お客さんがくるまで、ジィジと遊ぼうな」
「ウキャウ〜」
慎一郎は和室のほうに俊洋を抱っこしたまま向い、雄太は孫に甘々な慎一郎に呆れながら、凱央達を連れて行った。
「お義父さん、本当に子供達を可愛がってくれてありがたいです」
「そうね。雄太が生まれた頃は、あんな姿を見せてもらってなかったから新鮮だわ」
春香と理保はキッチンへ向かう。テーブルの上には茶器と盆、茶菓子が用意されている。
「あ、お義母さん。これ、作り置きです。お口に合うと良いんですが」
春香は手にしていたトートバッグからエプロンとタッパーを取り出して理保の前に置いた。
「あら、ありがとう。春香さんの料理は美味しいから『お口に合うと良いんですが』は要らないセリフよ?」
「え? そう言ってもらえて嬉しいです」
恥ずかしそうに笑う春香の頭を理保は優しく撫でた。
「私が骨折した時も、本当に優しくお世話してくれたわ。私にとって春香さんは息子の嫁じゃなく、本当に娘のような存在なのよ?」
「ありがとうございます。お義母さん」
その時、玄関チャイムが鳴った。
「あら、お客様いらしたわね」
「はい。お茶煎れておきますね」
「ええ」
理保はインターホンの対応をし、春香はお茶を淹れた。
廊下から足音が聞こえる。慎一郎と雄太が応接間へ向かったのだろう。
パタパタと子供達の足音も聞こえる。
「凱央、悠助。お客様がいらしてるから、あまり騒がないようにね」
「ハ〜イ」
「アイ」
凱央と悠助は手を上げて答える。雄太が俊洋を抱いて顔を出す。
「春香、俊洋頼むな」
「うん」
お茶を淹れ終わった春香が手を伸ばすと俊洋は小さな手を伸ばした。
「俊洋、良い子にしてるんだぞ?」
「ン」
小さく返事をして頷いて、雄太に手を振った。理保がキッチンに戻ってきて、お茶と茶菓子を持って応接間に向かった。
その後を雄太が追った。
慌ただしくも穏やかな慎一郎宅の一日が始まった。




