775話
春香も蕎麦を食べ終わり、俊洋のハイチェアのテーブルの上を少しずつ片付け始めた。
千切れ落ちた蕎麦を集め跳ねた汁を拭っていると、俊洋は春香を見上げて笑っている。
「ンマンマ、ンマンマ」
「ふふふ。美味しいね。良かったね」
俊洋はコクリと頷いた後、不意に手を合わせた。
「え?」
「もしかして……。凱央達の真似か?」
「トトマチャァ〜」
雄太と春香は顔を見合わせた。
「トトマチャ? トトマチャって何だ?」
「分かんない。初めて聞いたんだけど……」
俊洋はニコニコと雄太と春香を見ている。
「パパ、ママ。トシヒロ、ゴチソウサマッテイッテルヨ」
「イッチェユ」
リビングで遊んでいた凱央と悠助が通訳してくれる。
雄太と春香が凱央達から視線を移すと、俊洋はパヤッと笑ってもう一度口にした。
「トトマチャァ〜」
「そっか。俊洋は良い子だな」
「ちゃんとご馳走様出来て偉いね」
雄太は頭を撫でてやり、春香は温タオルで口元や手を拭ってやる。
顔や手を綺麗にし終わった俊洋を、雄太はリビングに連れていった。食後直ぐにベビーウォーカーに乗せると胃が圧迫され吐く事があったからだ。
少しの間、ソファーで座ってオモチャで遊んでやる。
「凱央、悠助。お片付け終わったら、お風呂入るからね〜」
「ハ〜イ」
「アイ」
春香が声をかけると凱央は返事をしてキッチンに走ってきて、テーブルにあった箸などをキッチンに持っていく手伝いを始めた。
悠助は散らかしたオモチャを片付け始める。
雄太は俊洋の相手をしながら凱央の小さな背中を見詰めていた。
(凱央はちゃんとお手伝い出来るんだなぁ〜。俺、子供の頃全く家の手伝いなんてした事なかったよなぁ……)
そう思うと少し恥ずかしい気がした。そして、好きにさせてくれていた理保に感謝をする。
(うん。俺が駄目だったところはちゃんと反省して、次に……ってか子育てに繋げていこう)
己の行動をしっかりと振り返り、反省してより良い方向へと向かう。
それはレースと同じだと思った。
(何でも競馬に結びつけるから競馬バカって言われるんだろうなぁ……)
苦笑いを浮かべながら、片付けをしている悠助を見守っていた。
家族揃って風呂に入り、子供達の体や髪を洗ってやり湯船に入れてやると、キャッキャとはしゃぎ始めた。
バシャバシャと湯を跳ね上げて遊ぶ凱央と悠助の真似をして、雄太に抱っこされている俊洋も小さな手で湯をペチペチしている。
「春香、ちょっと拭いてくれぇ〜」
「うん」
跳ね上げられた湯を頭からかぶり、雄太の髪からポタポタと垂れている。春香に何度も拭ってもらいながら、しっかりと体を温めた。
春香の部屋のベッドで凱央と悠助が並んで眠っている。俊洋はベビーベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。
「今年はあっという間だった気がするな」
「うん。俊洋が生まれたのが、つい昨日のような気がするよ」
「俺もだ。初めて出産に立ち会えて感動したもんな」
俊洋が生まれ、慎一郎の管理馬で重賞を勝ち、凱央が幼稚園に入園した。
フランスでのG1も、日本のG1も獲れた。全国リーディングも一位になれた。
「なぁ、春香」
「なぁに?」
「今年も目一杯支えてくれてありがとうな」
そう雄太に言われて、春香の目に涙が浮かんだ。
「私こそ、いっぱい幸せにしてくれてありがとう。来年も雄太くんと子供達と笑顔が絶えない一年にしたいな」
「そうだな」
まだまだ雄太には叶えたい夢がたくさんある。それを一つ一つ叶えていきたいと思っている。
たくさんの人と出会えたし、色んな人達との繋がりが強くなった。引退した馬の仔が産まれたりもした。
(たくさんの人の繋がりを大切にしていこう。人の繋がり……。馬の血の繋がり……)
横で子供達を見てニコニコと笑っている春香の肩をしっかり抱いた。
春香は雄太を見上げてから、雄太の胸に頭をあずけた。
(春香と子供達を何よりも大切にしていこう)
来年も家族と仕事を頑張るんだと胸に誓い、肩を抱いていた春香を抱き締めてキスをした。




