764話
何日か経って、ようやく泣かなくなった俊洋だが、未だ抱っこはさせてくれない。
今も春香の服を握り締めていて、ソォ〜っと雄太のほうを片目だけで見ている。
「ん……。まだ駄目かぁ……」
「でも、泣かなくなったし……ね?」
「それはそうなんだけど……」
あまり長く傍にいると俊洋のストレスになってはと思い、雄太は二人の傍を離れ、リビングへ向いソファーに座った。
ダイニングテーブルの向こうで遊ぶ俊洋と春香の姿にハァ〜と深い溜め息を吐いた。
そんな雄太の元に走ってきた凱央がソファーに登り、雄太の頭を撫でる。
「パパ。トシヒロナイテナイヨ。ダイジョウブ、ダイジョウブ」
「凱央……」
「ナイチャダメダヨ。イイコ、イイコ。ゲンキダシテ」
真剣な顔をした凱央が可愛くて雄太は凱央を抱き上げて膝の上に座らせた。
「ありがとうな、凱央。パパは凱央が大好きだぞ」
「ボクモ、パパダイスキ〜」
幼稚園に行くようになり、すっかりお兄ちゃんになった凱央だが、甘える姿はまだまだ可愛いと雄太は凱央を抱き締めた。
「パーパー、アッコシテ〜」
「お? 悠助もか」
凱央が雄太を独り占めしている事に対してのヤキモチなのか、甘えたくなったのか分からないが、床に座り込み積み木で遊んでいた悠助が雄太に近づいて両手を広げる。
雄太は抱き上げて悠助も太ももの上に座らせる。そんな三人の姿を見ながら、春香は俊洋の頭を撫でてやる。
(早くパパに抱っこさせてあげてね。パパはあなたも大好きなんだから)
ふと顔を上げて時計を確認する。
「雄太くん。そろそろ出かける時間だよ」
「あ、もうそんな時間か」
土曜日は中京競馬場、翌日曜日は中山競馬場で騎乗だ。同じく中京競馬場で騎乗がある鈴掛が迎えにきてくれる約束をしている。
雄太が仕事に出かけると分かっている凱央と悠助は、雄太の膝から降りた。
「パパ。オシゴトガンバッテネ」
「パーパー、ガンバッチェ」
「ああ。頑張ってくるからな。良い子で待っててくれよ?」
「ハ〜イ」
「アイ」
雄太がリビングのドアを開けると、凱央と悠助は雄太より先に廊下へと駆け出した。
元気な足音が廊下に響く。春香は笑いながら俊洋を抱き上げて雄太の後に続く。
「凱央、悠助。お靴履いてね」
「ハ〜イ」
「アイ」
「ユースケ。オクツトッテキテアゲルカラ、スワッテマッテルンダヨ」
「アイ。ニィニ」
春香が声をかけると、凱央はシューズクローゼットに入り、自分は靴を履いて悠助の靴を手に出てきた。
悠助は玄関に座り、靴を履き始めた。春香もだが凱央も悠助が一人で靴を履けるか見守っている。
(春香は悠助の成長を……)
雄太はただ甘やかすのではなく、自分でやる力を育てたいと思っている春香の気持ちを感じた。
「ンショ……ンショ……。デチタ」
悠助は自分一人で靴を履けて嬉しそうに笑った。凱央は悠助の頭を撫でてやり、マジックテープをしっかりと留めてやる。
「ユースケ、ヨクデキタネ。イイコイイコ」
「ウン」
「偉いぞ、悠助」
「悠助。上手に出来たね」
凱央にも、雄太と春香にも褒められて、悠助は立ち上がりニッコリと笑った。
その時、クラクションが鳴った。
「あ、鈴掛さんだ」
「ヨシオジチャン〜」
「オチオチチャン」
子供達が嬉しそうに笑って、雄太がドアを開けてくれるのを待っている。雄太はバッグを持ってノブに手をかけて振り向き春香にキスをする。
「外に出たら出来ないからな」
「えへへ」
照れて笑う春香に抱きかかえられた俊洋の視線に気づいた雄太は、少し身構えたが俊洋はキョトンとした顔で雄太を見ていた。
(ん? 嫌がらない……?)
そうは思ったが、あまり長く見ているとストレスを与えるかも知れないと思い、ドアを開けて門扉のほうへ向かった。
その間も俊洋は泣く事もなく、嫌な顔もしないでいた。
鈴掛は車に駆け寄ってきた子供達を順番に抱き上げていた。
「じゃあ、いってくるな」
そう言った雄太に俊洋が小さな手を振った。その途端、雄太が大きく目を見開いて泣きそうな顔をして俊洋の手を握っていた。




