763話
フランスから戻ってから取材などで忙しくなった雄太の悩みは、家族との時間が取れない事だ。
そして、その事で俊洋におとずれた変化が一番の悩みだ。
「俊洋。パパにおいで」
「ウ……ウェーン」
帰国した当日から、俊洋は雄太を見ると泣き出してしまうようになった。
今朝も春香が悠助の着替えをさせているから、起きた俊洋を抱っこをしてやろうとしたら首を激しく横に振って泣いた。
「ヤァ〜ヤァ〜」
「と……俊洋ぉ……」
人見知り期は過ぎたと思うが、しばらく会えなかったからだろう。凱央や悠助の時もあった事だが、やはりショックは大きい。
「雄太くん、代わるね。悠助をお願い」
「ああ……」
雄太は着替え途中の悠助の服を着せてやりズボンを履かせる。春香は俊洋を抱いてリビングを歩いていた。
「良い子ね。泣かないのよ?」
「アウゥ……」
グスグスと泣きじゃくりながら、俊洋は春香の服を握り締めていた。
ガチャリとリビングのドアが開いて、制服を着た凱央が入ってくる。
「ママ、キガエデキタヨ」
「一人で出来て偉いね〜。お弁当、バッグに入れてね」
「ハ〜イ」
凱央は泣いている俊洋を気にしながら、ダイニングテーブルに置いてある弁当箱を幼稚園バッグに入れた。そして、バッグを床に置いて春香と俊洋に近づいた。
「トチヒロ、ナイチャダメダヨ。イイコイイコ」
「ダダダァ……オゥオ……」
凱央のほうを覗き込みながら俊洋は手を伸ばした。凱央は弟の小さな手をニギニギとしてやる。
「イイコイイコ。トチヒロハ、イイコイイコ」
「アウア、ウァウ……」
泣き止んだ俊洋を見て、雄太は複雑な顔をしていた。
幼稚園までの道を凱央と悠助と手を繋いで歩く。
「パパ。キョウハオヤスミダヨネ」
「ああ。幼稚園が終わったら遊ぼうな」
「ウン」
凱央が嬉しそうに笑うと、次は悠助が雄太の手を引っ張る。
「パーパー、ブアンコ〜」
「そうだな。ブランコしような」
「アイ〜」
二人の子供と残暑の残る田舎道を歩く。直ぐ後ろを春香がベビーカーを押して歩いている。
幼稚園に着くと凱央は大きく手を振って園内に走って行った。悠助もだが、俊洋も小さな手を振っていた。
幼稚園からの帰り道、ベビーカーを押して歩く春香に雄太は微笑みかけた。
「凱央、本当に成長したよな。さっきの俊洋をあやしてる姿を見てるとお兄ちゃんになったなって思うよ」
「うん。雄太くんがフランスに行ってる間も、凄く手伝ってくれてたよ。もちろん悠助もね」
雄太はベビーカーに乗っている俊洋と悠助を見た。
悠助の手にあるのは俊洋のお気に入りのウサギのパペットだ。悠助はブカブカのパペットを一生懸命に俊洋に見せている。
「悠助も、しっかりとお兄ちゃんだよな」
「でしょ? 凱央も成長したなって思うんだけど、悠助の成長は凄いの。お手伝いもしてくれるし、凱央がいない時は俊洋の面倒を見ててくれるんだよ」
雄太は悠助を見て笑顔を浮かべるが、雄太の視線が向いている事に気づいた俊洋が顔を歪めた。
「え? え?」
「トチヒロ、ウタタン」
ビクッと体を強張らせた雄太と笑顔でパペットを見せた悠助の対比がおかしくて春香はクスクスと忍び笑いをしていた。
「はぁ〜るぅ〜かぁ〜」
「ご……ごめん……。我慢出来なくて……プッ……フフフ」
薄っすらと涙を浮かべている春香の少し後ろに立ち、雄太は自身を俊洋から見えないようにした。
「多分、何日かしたら泣かなくなるよ。俊洋はパパ大好きだから」
「ああ、分かってるって。ただちょっとショックが……な」
「凱央の時も、悠助の時も短期間だったでしょ?」
「だな」
そっと春香の肩を抱く。春香は少し首を傾け、雄太の腕に頭をあずけた。
「公衆の面前でイチャイチャしてんのなぁ〜」
聞き慣れた声に雄太はビクッと肩を震わせて振り向いた。春香も振り返り笑った。
「梅野さん」
「よっ。春香さん。今日も可愛いねぇ〜」
「俺の嫁をナンパしないでください……」
ウンザリとした顔をした雄太に梅野は腹を抱えて笑っていた。




