76話
『それで……俺、明日ソルや鈴掛さん達と食事をしに草津に行くんです。その前に会えますか? もしかして予約入ってたりしますか……?』
雄太は恐る恐る訊ねた。
「大丈夫ですよ? 私、鷹羽さんにサインもらうつもりで、明日の月曜日は予約不可にしてますからお休みです」
『わざわざ予約不可にしていてくれてたんですか……?』
「私、鷹羽さんなら次は勝てるって信じてましたから。サインもらうなら、ちゃんと月曜日はお休みにしておかないと駄目じゃないですか。約束の指切りもしたんですから、ね?」
春香が嬉しそうに笑いながら言うと、雄太もつられて笑った。
(俺の為に休みにしててくれたんだ……。本当に、俺が勝てるって信じてくれてたんだ……)
『そうでした。勝ったらサインもらってくれるって言ってくれてましたよね』
「でしょ?」
二人して声を出して笑い合う。
(何て……何て心地良い時間……。私が、こんな時間を持てるなんて思ってなかった……)
自然に笑顔になり楽しく笑いながら話す事など、数年前は想像すらしてなかった。
「明日は、ソルさん達がお祝いしてくださるんですね」
『鈴掛さんが、俺とソルの初勝利祝いで食事を奢ってくれるんです』
「え? ソルさん……の? あ……」
春香は、純也もデビューだと言う事をすっかり忘れていた事に気付いて絶句してしまった。
(私……。私、鷹羽さんの事ばかり考えてた……。何で……?)
『もしもし? 市村さん、どうかしました?』
「わ……私、鷹羽さんのレースの事ばかり気にしてて、ソルさんの事をすっかり忘れてました……」
春香が答えると、今度は雄太が黙ってしまった。
大切な親友の事を忘れられていた事を怒ってしまったのかと思い、春香は焦った。
「も……もしもし……? 鷹羽さん……? あの……」
次の瞬間、受話器から聞こえてきたのは笑い声だった。
『アハハハ』
「た……鷹羽さん……?」
『アハハ。す……すみません。市村さんは面白過ぎます』
「はい? 私が……ですか?」
仕事しか出来ない自分。
人付き合いが苦手な自分。
そんな自分を、雄太が『面白い』と言って笑っている事が理解出来なくて悩んでしまう。
『そもそも、ソルの出るレースがいつかなんて、聞いていなかったでしょう?』
「え? あ……そう言えばそうでした……」
雄太が笑いを堪えながら言うと、春香がのんびりと答える。
『俺が阪神で走るからって、ソルが阪神で走るとは限らないんですよ。もちろん、鈴掛さんや梅野さんもです。同時開催している他の競馬場がありますから、違う競馬場で走る事もあります。鈴掛さんや梅野さんはG1に出走する事もありますから、東京や中山でも走ったりしてますよ』
競馬に詳しくない春香にでも分かるように、丁寧な説明をした。
「そうなんですね。今回 ソルさんは?」
『同じ阪神で走ってました。俺より後でしたけど、日曜日に初勝利上げてます』
雄太は親友の初勝利を嬉しそうに報告する。
(本当に仲が良いんだなぁ~。親友の初勝利をこんなに嬉しそうに報告してくれるなんて。良い友達がいて羨ましい)
「ソルさんも阪神で初勝利だったんですね。お互いの初勝利を直接見られて良かったですね。ソルさんに『おめでとうございます』って伝えておいてください」
『はい。伝えておきます。喜ぶと思いますよ』
「お願いします。あの……また、色々と教えてもらっても良いですか?」
もしかしたら迷惑になるかも知れないと思ったが、色んな事を知ると言う事が楽しい春香は恐る恐る訊ねた。
『はい。俺で良ければ』
雄太は願ってもない事だと嬉しそうに答えた。
(これからも色々と教えてもらえる……。嬉しいな)
春香は、これからも雄太と話せる事が素直に嬉しかった。




