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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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760話


 朝から雄太宅は楽しく賑やかな声が溢れていた。


「ママ、トチヒロガオキタァ〜」

「はいはい。今行くわ」


 凱央のお弁当を作っていた手を止めて振り返ると、悠助がぬいぐるみを持って俊洋のところへ走って行った。


「え?」


 悠助は一生懸命に俊洋にウサギのぬいぐるみを見せながらあやし始めていた。


「ウタタン、ウタタン」

「……アバァ」


 グズグズ言い始めていた俊洋は泣きやんで、悠助のフリフリしているぬいぐるみを見ていた。


(悠助……。良いお兄ちゃんになったね)


 俊洋が泣き止んだのを見て、幼稚園の体操着を体操着袋に詰め込むのを再開した。


(凱央も本当にお兄ちゃんよね。嬉しいな)


 優しく頼りになる子供達に雄太の面影をみて取れて、春香は嬉しく思った。




 春香がベビーカーをシューズクローゼットから出して、ベビーウォーカーに乗っている俊洋を乗せる。


 凱央は通園バッグと体操着袋を床に置いて、靴を履いている。悠助はまだ一人で靴を履く事が上手く出来ず、モタモタしているのを見た凱央が手伝ってあげている。


「ニィニ、アリアト」

「ガンバッテ、ヒトリデハケルヨウニナロウネ」

「アイ」


 凱央は悠助の靴をキチッと履かせると、手を繋いで玄関扉を開ける。


「じゃあ、幼稚園に行こうね」

「ハ〜イ」

「アイ」


 春香と子供達は元気に幼稚園へと向かった。




 子供達が眠った午後九時過ぎ、電話が鳴った。


 少しの間があって、聞きたくて聞きたくて堪らなかった声が耳に届いた。


『……春香』

「雄太くん」

『……変わりはないか?』

「うん。雄太くんは? 大丈夫? 今、まだお仕事中?」

『……ああ。これ以上遅くに電話したら寝てるかなって思って』


 フランスとの時差は約八時間だ。翌日、凱央の幼稚園があるからと気遣ってくれる雄太に春香は小さく笑った。


『……春香の声が聞きたかったから、少し休憩をもらったんだ』

「えへへ。ありがとう。私も雄太くんの声が聞けて嬉しい」


 他愛のない話が嬉しい。付き合っていた頃、電話をくれた雄太の声が耳元に届くのが嬉しかったのを思い出す。


『……毎日は無理かも知れないけど、なるべく連絡するよ』

「うん、ありがとう。嬉しいけど無理しないでね?」

『ああ。春香も無理しないでくれよ?』

「うん」


 遠くフランスからの雄太からの声で胸に広がる温かさを抱き締めて、春香は翌日からも頑張ろうと思った。




 雄太はフランスでもトレーニングも頑張っていた。


(頑張るのは良いけど、無理して体に疲れが残るのは間違いなくマイナスだよな。普段の遠征とは違ってマッサージをしてもらう為に帰れないんだから)


 流れる汗をタオルで拭った。そして、胸のネックレスにつけた結婚指輪に手をあてる。


 その何気ない仕草をフランス人スタッフが訊ねたらしい。フランス語が出来ない雄太に厩舎がつけてくれた通訳に笑いながら答えた。


「ユータハ、オクサンヲアイシテルンダナ。ソノユビワ、イツモサワッテルッテイッテルゾ」

「え? お? あはは……」


 意識的に触れている時もあるが、無意識に触れているというのは純也達にも言われた事がある。


(これは俺と春香と繋がりなんだ。春香との縁が繋がったから子供達がいるんだ。だから、離れてたらつい触れてしまうんだよな)


 指輪をウェアから取り出して裏側を見る。通訳が覗き込み、ニッコリと笑った。


「妻が凱旋門賞を獲れるようにって願ってくれてるんだ。だからEternalって彫ってあるんだ」

「イイオクサンナンダナ」

「世界一だよ。今の俺があるのは妻のおかげなんだ」


 気さくな通訳は雄太の隣に座った。


「ツマニカンシャデキルノハ、イイコトダ。イノチヲカケルシゴトヲリカイシテ、ササエテクレル、サイコウノジョセイダナ。ウラヤマシイヨ」

「ありがとう。妻が聞いたら泣いて喜ぶよ」


 雄太はフランス人にも、春香の良いところが分かってもらえて嬉しくなった。


(春香、俺頑張るよ。今回は乗れないけど、凱旋門賞を獲って春香の最高の笑顔を見たいからな)


 雄太は遥か離れた日本で眠っている春香を思った。






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