758話
八月に入り、雄太は来月フランスに渡る準備を進めていた。
一番大きなトランクに持って行く物を詰め込んでは、日本に残していく春香達の事を考えては手が止まる。
(……マジで帰ってこられない遠征なんだよな……。父さんと母さんに春香達の事を頼んではいるけど、俺が淋しくなるのは……なぁ……)
ミニアルバムは一冊では足りないと思い買い足した雄太だ。
「パーパー」
「どうした? 悠助」
「コエ、タベユ?」
「え?」
悠助は煮物に入っている人参をフォークで刺して雄太に差し出している。
「……悠助は食べないのか?」
「タベユ」
悠助はパクリと人参を口に入れてモグモグとしている。
(……もしかして……俺が人参を食べてないのがバレてる……?)
春香はカレーでも根菜の煮物でも、雄太の器には人参を入れないようにしてくれている。
わざわざ、雄太が避けて残したりしている訳ではないから、悠助が雄太が人参を食べていないと気づいたのだろうかと思い悠助を見た。
(父親として人参が食べられないというのは……どうなんだろう……? 食べたほうが良いのか……?)
悠助から視線を俊洋に移した。俊洋は春香の差し出したスプーンに大きく口を開けている。スプーンの上には崩した人参や大根が乗っていた。
躊躇なく人参を口にした俊洋はニコニコと笑いながら食べている。
(俊洋も普通に人参食べてるんだよな……。俺、ヤバい……? 大人なのに人参食べられないって恥ずかしくないか……?)
そして次は凱央を見る。凱央も離乳食に人参のペーストを食べていた。前に春香が焼いた人参クッキーもパクパク食べていた。
今も器に入っている人参や大根、里芋や蓮根を食べている。
「ママ、オカワリクダサイ」
「はいはい。ちょっと待ってね」
「あ、俺がするよ。俊洋、良い感じに食べてるから」
「うん。お願いね」
雄太は立ち上がり、凱央の器を手に取った。
「凱央、何が良い?」
「ダイコント、オイモ」
「大根と里芋だな」
「アト、ニンジン〜」
「……人参な」
雄太はお玉で大根と里芋と人参を鍋から掬い器に入れてやった。テーブルに器を置くと凱央はニッコリと笑う。
「パパ、アリガトウ」
「ああ」
パクパクと食べる凱央を見て、雄太の悩みは更に深くなった。
子供達が眠る準備をしている時、雄太は春香に声をかけた。
「春香、後でちょっと相談があるんだけど」
「え? あ、うん」
雄太の真剣な表情に、春香はフランスの遠征の話だろうなと思って頷いた。
凱央が自室に向い、悠助と俊洋が眠ってから、春香はリビングのソファーに座っている雄太の前にアイスコーヒーを置いた。
「相談って何?」
「えっと……人参の事なんだ」
「……え? 人参……?」
春香の目が真ん丸になる。
「人参って……人参……?」
「え? ああ、人参」
春香は雄太の顔をジッと見詰めた後、思いっきり吹き出した。
「プッ。あはは」
「え? え?」
「ご……ごめんなさい。凄い真剣な顔してたから……。ま……まさか人参の話だなんて……思わなくて」
完全にツボってしまった春香は、涙を浮かべて笑っていた。
(……俺、そんなに真剣な顔してたか……?)
雄太は苦笑いを浮かべ、春香の笑いが落ち着くのを待った。
「あ〜。本当ごめんなさい」
「こっちこそ、腹筋が筋肉痛になるぐらい笑わせたよな」
「フフフ。それで、人参がどうしたの?」
雄太は、夕飯の時に悠助が人参を差し出してきた事と、その後に思っていた事を話した。
「悠助が? ん〜。お腹いっぱいだったのかなぁ……?」
「けど、その後ちゃんと食べきってたんだよな……」
「じゃあ、たまたま……かな?」
今までなかった事だから、雄太も春香も唸るしかなかった。
「ん……。もしさ、俺が人参食べられないなんてバレたら、子供達に好き嫌いしたら駄目って言えないよなって思ったんだよ」
「確かにそうだけど、今まで好き嫌いは駄目って言った事ないし大丈夫たと思うんだけど」
「あ、そっか」
ホッと息を吐いた雄太は、まだ涙目の春香と顔を見合わせて笑った。




