750話
5月29日(日曜日)
東京競馬場で開催された東京優駿。雄太は掲示板入りは果たしたが四着でレースを終えた。
(また勝てなかった……。まだまだチャンスはあると思うけど、それでもやっぱりダービー獲りたいんだ)
確定ランプの灯った掲示板を名残惜しい気持ちで眺めている。
「雄太、早くしないと最終レースも出走あるんだぞぉ〜?」
「あ……。直ぐいきます」
雄太は一緒にダービーに出ていた梅野と最終レースに向かった。
帰りの新幹線でボゥ〜と窓の外を見ていた。
(春香が一生懸命応援してくれてるのになぁ……)
雄太が騎手として歩んできた歴史は春香と歩んできた歴史でもある。
(春香はずっと、俺を見てきてくれてたんだよな。デビュー前から、今日までずっと……)
出会ってから騎手の自分を支えてくれていた。私生活でも親や友人、先輩達とも良い関係を保っていてくれた。
「なぁなぁ、雄太ぁ〜」
「何です?」
梅野は缶コーヒーを差し出した。そして、梅野は缶ビールをグイッと呑んだ。
「ありがとうございます」
「ああ。今日も良い騎乗だったぞぉ〜? お前は一着獲れなくて凹んでるんだろうけどさぁ〜」
「あはは……」
雄太はシートに体を預け、梅野がくれた缶コーヒーを一口飲んだ。
「ダービー獲りたいのは分かるけど、そんな簡単に獲れるなんて思ってないだろぉ〜?」
「もちろんです。ダービーは前年からの騎乗の積み重ねですし」
「馬との出会いもあるなぁ〜」
「そうですよね」
デビューしてダービーを獲れずに引退する騎手もいる。ダービーどころかG1に出場する事すら出来ずに引退した先輩騎手を見送った事もある。
純也もたびたび口にする。
『G1獲りてぇ〜っ‼』
気持ちは分かる。デビューした頃の雄太も思っていた。
特に春香へのプロポーズをすると決めた時は、G1が獲りたくて獲りたくて堪らなかった。
(あん時の俺って、ソル以上にG1G1って思ってたもんなぁ〜。そう言えば、何度も夢を見たっけ)
春香と口取り写真に収まる夢やG1に出たのに馬が一歩も動かない夢も見た。
焦っていた自覚があったから、春香には見た夢の話は出来なかった。
(多分、今話したら春香は大笑いするんだろうな。春香、笑い上戸なところあるし)
涙を浮かべて笑う春香を相続するだけで笑顔になる。ふと、隣を見ると梅野がウトウトしていた。
手にしていた缶ビールの缶をそっと抜き出してみると、すでに中身はなくなっていた。
「……み……」
「ん? 寝言か」
気にはなったが、そのまま京都まで寝かせておいてやろうと、雄太はまた窓の外を眺めていた。
自宅に着くと、リビングの灯りが点いていた。
(ん? また俊洋が起きたのかな?)
雄太はそっとドアを閉め鍵をかけるとリビングに向かった。
(あれ? 静か……だぞ?)
なるべく音を立てないようにドアを開けると、春香がリビングのソファーに座ってアルバムを見ていた。
「あ、雄太くん。おかえりなさい」
「ただいま。寝てなかったのか?」
近寄った雄太に春香はニッコリと笑った。
「何となくアルバム見たくなって」
「そっか」
隣に座った雄太は春香の手元を覗き込む。ちょうど結婚式のページを見ていたようで、ウェディングドレス姿の春香が笑っている写真に笑みが溢れる。
「この時の春香は、いつもに増してキラキラ輝いてたな」
「えへへ。お腹は大きいけどね」
「そうだな。写真だけを見るとデキ婚のカップルだよな」
「うん」
入籍してからの結婚式だったと知っている人は分かってるだろうなとは思うが、妊娠したから結婚したかのようには見える。
「鈴掛さん、結婚式どうするんだろうね。私、お腹が大きいからって少し迷ったけど、やっぱり結婚式して良かったって思ったから、出来れば何か思い出に残る事をしてあげて欲しいって思うんだよね」
「そうだな。まぁ、鈴掛さん達が決める事だし見守ろうな?」
「うん」
兄のように慕っている鈴掛の幸せを雄太も春香も願って、結婚式の写真を懐かしく見ていた。




