74話
先頭でゴール板を駆け抜けた快感。
先輩騎手達から掛けられる「おめでとう」「やったな」「初勝利だな」等の祝福の言葉。
雄太は、一生忘れられないと思った。
「ありがとうございますっ‼」
満ち足りた気持ちで答えていく。
(スゲェー気持ち良い……。これが『実戦で勝つ』って事なんだ……。俺の夢、一歩進んだんだ……)
後検量を終えて、ようやくホッと一息つく。
(俺、初日の初騎乗で勝ちたかったけど、勝ってたら ここまで嬉しかったかな……? もしかしたら、舐めてたかも知れない……。舐めて落馬したりして、また市村さんのお世話になったかも知れない……。何だって、簡単に手に入ったら大切にしないもんな……。一勝一勝大切にしていこう)
降っていた雨は、いつの間にか雪に変わっていた。
止む気配をみせず、馬場に降り積もる雪。
そんな中でも、雄太の心は初勝利の喜びと春香に良い報告が出来る喜びで、ポカポカと温かかった。
翌日曜日
雄太は一勝。
そして、純也は嬉しい初勝利を上げた。
「鈴掛さんっ‼ 鈴掛さんっ‼ 俺、肉が食いたいっす。国道の所にあるレンガ造りの店の肉が食いたいっす」
阪神競馬場からの帰り道。運転してくれている鈴掛に、純也が約束の『ちょっと良い飯』をねだる。
ヒクッと鈴掛の頬がひきつる。
「純也……。お前、あそこは高い店だって知ってて言ってんじゃないだろうな?」
「え? 俺、値段は知らないっすよ。けど、高そう~とは思ってたっす」
純也はウキウキとして言う。
「鈴掛さん〜。俺も、あそこが良いですぅ~」
そして、梅野もニコニコと言う。
「ちょっと待てっ‼ 何でっ‼ 俺がっ‼ お前にまで奢らなきゃなんないんだよっ⁉ 良い感じだったのに、大外から差して来やがった奴にっ‼」
ゴール前で梅野に差され二着になった鈴掛。
バックミラーに向かってガルガルと叫ぶ。
「えぇ~? 一着になったら美味い飯奢ってくれるんでしょ〜? 鈴掛先輩ぃ~」
「俺は、お前には言ってないっ‼ 純也と約束しただけだっ‼」
いつものじゃれ合いに純也がゲラゲラと笑う。
「シクシク~。俺、頑張って一着獲ったのにぃ~。鈴掛先輩は、俺には冷たい~。なぁ、雄太ぁ~。お前も そう思うだろぉ~?」
梅野は、雄太を味方にするべ 話を振る。
鈴掛と梅野のじゃれ合いを、笑うのを必死で堪えていた雄太が後部座席の方を振り向きながら
「梅野さん、格好良かったです」
と言った。
梅野はガッツポーズをした。
「ほらぁ~。鈴掛先輩〜。 可愛い可愛い後輩も言ってるんですからぁ~」
「お前、雄太まで味方にしやがって……。分かったっ‼ 明日の昼を奢ってやるっ‼」
やけくそ気味に鈴掛は叫んだ。
「やったぁ~。肉ぅ~。肉ぅ~。近江牛のステーキぃ~」
純也と梅野は、ハイタッチをしながらはしゃぐ。
ギョッとした鈴掛が、またバックミラーに向かって叫ぶ。
「こら待てっ‼ お前ら、近江牛のステーキがいくらすると思ってんだっ⁉ 聞いてんのかっ⁉ はしゃぐなっ‼ 俺は『ちょっと良い飯』って言ったんだっ‼ 近江牛のステーキが『ちょっと』かっ⁉」
鈴掛の抗議を全く無視して、純也と梅野は
「肉ぅ~。 肉ぅ~。近江牛ステーキ~。ヤッホー」
とはしゃいでいる。
雄太も堪えられなくなりゲラゲラと笑う。
そして、時計をチラッと見た。
(早く……早く20時にならないかな。市村さんの声が聞きたい……。早く報告したい……。喜んでくれてる声が聞きたい……)
春香が結果をテレビで知っていてたとしても、自分の口から初勝利の報告が出来る喜びで、20時が待ち遠しくて待ち遠しくて堪らない雄太だった。




