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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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734話


 雄太は、左手で春香の手を握り締め、右手を背中に添えてゆっくりと歩いていく。


 分娩準備室に着くまでにも陣痛がきて、雄太はしっかりと春香を抱き締めた。


「雄太くん……」

「大丈夫だ。俺にしっかり掴まれ」

「うん……」


 分娩準備室に着き、ベッドに体を横たえさせると、ふぅと息を吐いた春香の髪を撫でてやる。


 着いてきてくれた里美がタオルと飲み物をベッドサイドに置いてくれた。


「お母さん、あり……ウクッ‼」

「かなり早くなったな」


 春香の腰を擦る雄太に声をかけたのは重幸だ。白衣に身を包み、キリッとした顔で立っている。


「重幸さん……」

「これからが本番だぞ。分かってるな?」

「はい」


 雄太の掌は、ずっと春香を擦り続けていて艶々と光っていた。それに気づいた重幸はニッと笑った。


「陣痛間隔二分弱、継続時間五十秒ってところですね」

「ん? もうそんなか。春香、準備室にきて間がないが分娩室にいくぞ」


 里美の報告を受けて重幸は春香に告げた。


「うん……」


 次第に強くなる陣痛に疲れた様子を見せながらも、雄太がいるからか落ち着いた顔で春香は笑った。




 春香の陣痛が収まったタイミングで、雄太は看護師から手渡された予防衣とキャップを身に着けた。


「春香、行けるか?」

「うん」


 分娩室に入り、次の陣痛がくる前に春香はゆっくりと分娩台に上がる。


 雄太はバスタオルを体にかけてやった。水を欲しがった春香の口元にストローを近づけてやる。


 助産師が子宮口を確認し、雄太と春香に声をかけた。


「いい感じね。もう全開ってところだし、破水したらいよいよですよ」

「はい」


 もう直ぐだと思うと雄太の緊張が高まった。


(……G1の時より緊張してるんだけど……)


 その時、パシャっと水音がした。


「破水したわ。呼吸法は分かってるわね?」

「はい……」

「旦那さん、しっかりサポートしてあげてね」

「はいっ‼」


 雄太は、春香の手をしっかりと握り締めた。




 慎一郎達と直樹は分娩室前のベンチでドキドキとしながら待っていた。


 子供達は時折聞こえる春香の声に不安そうな顔をしていた。


「ンギャ……ンギャ……」


 微かな泣き声が聞こえた。


「う……産まれたっ⁉」

「ええ、あなた。元気な声ですね」

「春……」


 大人達の言葉を理解した凱央が悠助の顔を見る。


「ウースケ。アカタンキタヨ。ウースケ、オニイチャンナッタヨ」

「ニィニ?」

「悠助、お兄ちゃんになったな」


 直樹に言われてもイマイチ理解が出来ない悠助は、キョトンとしていた。




「春香……ありがとう……。お疲れ様」

「ハァ……ハァ……。雄太くん、傍にいてくれて……ありがとう……」


 握り締めた手と同じように、雄太の手は小さく震えていた。春香は荒い息をしながら、ニッコリと笑う。


 春香は、真っ白なバスタオルに包まれた我が子に初乳を飲ませる。ンクンクと力強く母乳を飲む姿に雄太は感動した。


「産まれたばっかで、こんな風に母乳を飲むんだな……」

「うん。凱央にも悠助にも似てるね」

「ああ……可愛いな……。本当に可愛い……」


 語彙力がどこかに行ってしまったのように話す雄太がおかしくて、春香は初乳を飲み終えた我が子にゲップをさせ雄太を見上げた。


「抱っこしてあげて」

「お……おう。マジの生まれたてだな」


 三人目にしてようやく春香以外での初抱っこが出来る嬉しさで、心臓がバクバクと暴走する。


「あぁ……。本当小さくて軽いな。凱央達が大きくなったなってのが分かるぞ。体重は凱央達が産まれた時と同じくらいかな?」


 腕の中にスッポリ収まる産まれたての我が子の温もりに涙が滲んでくる。


 妊娠も出産も誰もが何事もなくだと思われがちだが、実際はそうではない。凱央を妊娠した時に、重幸が真剣な顔で雄太に訊ねた事を思い出す。


 『万が一の時、お前は春香と子供のどっちの生命いのちを優先させる?』


(俺は欲張りだから、どっちも手に入れたいって、今本当に思う。無事、産まれてきてくれてありがとう……)


 鷹羽雄太家にまた一人宝物が増えた。






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