731話
翌日、仕事が終わり春香のマンションに戻った雄太は、春香と子供達と一緒に買い物を兼ねた散歩に出かけた。
行く先々で声をかけられる。
「お〜。鷹羽くん。この前のG3稼がせてもらったよ」
「あら、春香ちゃん。里帰りしてきたのね」
競馬好きなおじさん達にすれば騎手の雄太はアイドル並みの人気者だ。
とは言っても、可愛がっている春香の夫でもあるので親しみを込めた声が多い。
「ここの商店街の皆さんは、本当に競馬好きな人が多くて嬉しいな」
「うん。結婚前は、待合のテレビで雄太くんの応援してたんだよね」
「土日はおじさん達の溜まり場になってたってお義父さんが言ってたぞ」
「あはは」
東雲の待合に置いてあるテレビは、春香が雄太と付き合うようになってから大きい物に買い替えた。
春香が大きな画面で雄太が見たいと言う理由で電気屋に行き買った物である。
『おじさん、ここにあるテレビで一番大きなのが欲しいの』
電気屋の店主は、当時雄太と付き合っている事を知らなかったから、領収書の宛名が春香なのに、設置場所が店で驚いていたのは今では懐かしい。
「あ、そうだ。私が産まれるよりずっとずっと前なんだけど、草津にも競馬場があったんだって」
「え? そうなのか?」
「うん。戦争があった頃の話らしいの。駅の向こう側にあったんだって。で、こっち側のほうには厩舎があったって聞いたよ」
雄太は駅の向こう側には殆ど行った事がない。栗東へ帰るのに行かない方角だからだ。
「東口側は厩舎があったんだ? まぁ競馬をするとなったら、それなりに広い場所が必要だからな。厩舎があったのはどの辺か訊いた?」
「うん。お買い物ついでに行って見る?」
「そうだな」
雄太達は買い物をする為に駅前のほうへ向かった。
競馬場があった痕跡は全くなかった。それもそうだろう。駅が出来て開発されまくったのだから。
「そっかぁ……。この辺に厩舎が……」
「今、その競馬場かあったらどんな感じだったんだろうね」
「ん〜。きっと地方競馬場として賑わってただろうな」
雄太はまだそんなにたくさん地方で走った事はない。
いずれ地方重賞を獲りたいとも思っている。
「地方に中央の馬が走る事もあるし、もしかしたら俺も走る事があっただろうな」
「そうだね。このに競馬場があって、雄太くんが走るなら、お父さん達と一緒に応援出来たね」
雄太は、そんな未来があったのかもと、手を繋いでいる凱央とベビーカーに乗った悠助を見る。
「お義父さんとお義母さんが一緒なら、子供達と一緒にってのもアリだな」
「うん」
凱央と悠助には、まだ難しい話だっただろう。
「ママ、オカイモノシナイノ?」
「そうだね。そろそろお買い物して帰ろうか」
「ウン。ア、フウセン〜」
「え? あ、お店の名前書いてるね。風船配ってるのかも」
スーパーへ向かおうとすると、手に風船を持った親子が歩いてきた。
「パーパー、ウーセン」
「悠助も風船好きだな。よし、風船もらいに行こうか」
ベビーカーに乗った悠助の頭を撫でる。
「パパ、ボクモフウセンホシイ」
「よし、凱央の分ももらわなきゃな」
雄太は春香と顔を見合わせて笑い歩き出す。
夕方の慌ただしい商店街を家族揃って歩いていると、幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。
スーパーの出入り口で風船を二つずつもらい、凱央はしっかりと握り締め、悠助はベビーカーにくくりつけてもらいキャッキャとはしゃいでいる。
「あ、これ安くなってる」
「刺し身? 春香食べられないだろ?」
「雄太くんの分だよ?」
「俺だけの分?」
割引シールが貼ってあるとしても、雄太の分にしては豪華な刺し身盛り合わせ。鮑や雲丹まで入っている。
「俺だけ……」
「安くなってるんだから良いじゃない」
春香はカートに刺し身盛り合わせを入れる。
「あのさ、子供が離乳したら美味しい海鮮を食べに行こうな」
「へ?」
「絶対、絶対行こうな? 春香の好きなホタテも赤海老も腹いっぱい食べさせてやるから」
「うん」
真面目な顔をして言う雄太の優しさに春香は嬉しくなった春香だった。




