728話
ゆっくり休み休み接客をしていた春香は、たくさんの人達に安産を願ってもらい嬉しく思っていた。
(この子も幸せだよね。凱央達の時もだけど、皆が無事に産まれてくれるのを待ってくれてるんだもん)
ふと庭のほうに目をやると、自宅のほうから挨拶周りが終わった雄太が歩いてくるのが見えた。
「ただいま。変わりはないか?」
「うん、大丈夫だよ。お疲れ様」
まだ慎一郎への挨拶にきている人がいるのと、悠助がグズりそうなので自宅へと戻ろうという事にした。
「パーパー、パーパー」
「ほら、抱っこしてやるから泣くなよ?」
「ン」
雄太達はキッチンにいる理保へ挨拶をして、自宅に戻った。
自宅に戻った雄太はビニール袋を差し出した。
「あ、春香。これソルからもらってきたんだ」
「うわぁ〜。お餅だぁ〜」
受け取った春香が、凱央と悠助に見せた。
「ほら、純也お兄ちゃんからもらったお餅だって」
「オモチ〜」
「トトチ」
凱央も眠くてグズりかけていた悠助も目を輝かせた。
「まだ柔らかいね」
「一昨日、実家で餅つきしたって言ってた」
「夕飯お鍋にするから、小さくして入れようっと」
「そうだな。凱央も悠助も食べられるしな」
「うん」
雄太が帰ってきてテンションが上がった悠助だが、昼食を食べた後スイッチが切れたように昼寝をした。
二時を少し過ぎた頃、インターホンが鳴った。春香は悠助を寝かせているから雄太が出ると、モニターには健人の姿があった。
門扉のロックを解除してやり玄関を開けると、頬を赤くした健人が立っていた。
「雄太兄ちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとう、健人。寒かっただろ? 入れよ」
「あ、この後用事があるから。えっと……、初詣に行ってきたから春香に渡しておいて」
そう言って健人が差し出したのは神社の名前が書いてある小さな紙袋だ。中身は安産の御守りだろうと分かった。
「そっか。ありがとうな」
「その……凱央と悠助の時だけってのもなって思ったし、お年玉もクリスマスにヘルメットをプレゼントしてもらったから……」
照れくさそうに言う健人の頭をグリグリと撫でてやると、ニッと嬉しそうに笑って帰って行った。
初詣に行き、夕飯を済ませた雄太は、春香と遊ぶ子供達を見て、始まった一年の事を色々と考えていた。
(来年の正月は、温泉とか行っても良いかな? 否、再来年じゃないと無理か?)
第三子が一歳前だと荷物が多くなるしと思い直す。
(まぁ、その前に今年もリーディングは狙うぞ。G1も出来るだけ獲る。G1だけじゃなくて、重賞もガンガン獲らなきゃな。調教師にも馬主だけじゃなくて、生産者達にも喜んでもらいたいからな)
未勝利の馬がやっと勝てた時、大の大人が薄っすらと涙を浮かべ喜んでいる姿は尊いと思う。
精一杯考え、精一杯騎乗して良かったなと思い、雄太自身も胸がいっぱいになるのだ。
「パパ、アシタカラオシゴト?」
「ん? そうだぞ」
凱央は芦毛馬のぬいぐるみを抱えて走ってきて、ソファーに座る雄太の太ももにポフポフする。
「マタ、ンマタンナデナデデキル?」
「そうだな。モモちゃんにも会いに行こうな」
「ン。ボク、モモタンニノリタイナ」
「そっか。ジィジにお願いしておいてやるからな?」
「アイ」
毎回慎一郎にお願いするより、雄太が教室にお願いしても良いかと思ってはいた。だが、慎一郎自身が孫の為にと動く事が嬉しそうなので任せている。
(その内、悠助も乗馬したいって言うようになるのかな?)
悠助は馬の手押し車に乗ってリビングを走っている。たまに勢いがつき過ぎて壁に激突したり、曲がりきれなくて転倒したりしている。
そのたびに泣きべそをかくので、凱央が駆け寄りあやしていた。
「ウースケ、ナイチャダメラヨ。イタイノイタイノトンデケ〜」
「ニィニ、ナタタイ」
凱央に撫でられ、春香に涙を拭ってもらっている姿は微笑ましい。
(来年は、もっともっと賑やかになるんだよな。今の俺には想像出来ないけど)
今年の初戦は5日の阪神競馬場からだ。




