第28章 誕生と成長 727話
1994年1月1日(土曜日)
「イッテラッシャ〜イ」
「イッタタッタ〜」
子供達は、出かけていく雄太に大きく手を振っている。
臨月に入った春香は、かなり大きくなった腹に手を当てながら笑っている。
「訪問先はかなり少なくなってるから、昼ぐらいには帰って来られると思うから」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
最近は、昔のような挨拶周りは減っている。調教師達も休みに旅行したりで留守にしている人が増えてるのだ。
「父さんのトコに行って手伝ったりするのも良いけど、程々にしとけよ?」
「うん。このお腹じゃ大して何も出来ないしね」
「ああ」
雄太は、慎一郎達に春香の事をお願いして出かけて行った。
(フゥー。臨月になると、やっぱりお腹重いなぁ〜)
三人目だというのに、やはり臨月の腹は重い。
見た目は凱央達との時と変わらない。マタニティフォトを見比べても、大差はない。それでも、やはり重い腹には慣れないなと思う。愛おしさは、いつも同じだ。
「ママ、オニワデアソンデイイ?」
「そうだね。凱央、悠助のコートと自分のコート取ってきてくれるかな?」
「アイ。トッチェクユ〜」
凱央はテッテッテと走って、春香の部屋に行った。
春香と子供達は庭で遊んでいた。まぁ、遊んでいたといっても、走れる訳でもないので見守るだけだが。
「ア、バァバダァ〜」
「バーバー」
慎一郎宅のほうを見るとリビングの窓ガラス越しに、理保が手を振っていた。
「ママ、バァバノオウチイッテイイ?」
「ん? 行っても良いけど、今日はジィジのお客様がたくさんお見えになるから、大人しくしなきゃ駄目よ?」
「アイ。イイコスル」
「ア〜イ」
春香は座っていたブランコから立ち上がると、理保は理解したのか窓を開けてくれた。
「お義母さん、お手伝いしますね」
「休憩しながらよ?」
「はい。エプロン取ってきますから、子供達をお願いします」
「ええ」
凱央は悠助の靴を脱がせた後、自分の靴を脱ぎ揃えて置いた。
「あら、凱央は本当に良いお兄ちゃんね」
「ウースケモ、オニイタンナルンダヨ」
「そうね」
「ニィニ、アーチョ」
悠助が凱央に可愛くお礼を言うのを見て、雄太達がきちんと躾をしている事に笑みが溢れる。
(本当、良い孫達だわ)
理保は、来客がありリビングを出た。
「おや、春香さん。そろそろですな。無理しないでくださいよ」
挨拶に訪れた人々がエプロン姿の春香に声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
にこやかに礼を言ってから振り返る。そこには、小さなお盆に湯飲みを一つだけ乗せてソロリソロリと歩いてくる凱央の姿があった。
慎一郎はハラハラしながら眺めていた。
凱央はテーブルにお盆を置いて、何度か顔を合わせた事がある調教師の前に湯飲みを置いた。
「イラッタイマセ。ドウゾ」
「ありがとう、凱央ちゃん」
春香はニッコリと笑って茶菓子をテーブルに置いた。
「では、失礼いたします」
湯飲みを置いた緊張感から解放され、凱央はテッテッテと応接間から出て行った。その後を追った春香は、応接間のドアの傍で心配そうな様子の理保を見つけた。
「お義母さん?」
「凱央がお茶を持って行きたいって言うのが心配で、ついて来ちゃったのよ」
理保の照れたような顔は雄太に似ている。
「ニィニ、ニィニ」
理保に手を繋いでもらっていた悠助は、お盆を抱えた凱央の手を握ってキッチンへと向かった。
春香と理保もキッチンへと戻りながら、前を歩く子供達の背中を眺める。
「本当にドキドキしたわ」
「私も、正直心配でした。でも、凱央がやりたいって言う事を、頭ごなしに駄目って言いたくないので……」
理保は、春香が凱央に分からないように手を添えていたのは見ていた。
「そうね。何が危ないか、出来るか出来ないかは経験させないと分からないものね」
「ええ。やりたい事や出来る事を自分の体で覚えて欲しいので」
柔らかい笑顔で笑う春香を見ていると、雄太との生活が本当に幸せなのだと思う理保だった。




