723話
28日が結婚記念日だった雄太と春香は、のんびりと家族だけでお祝いすると決めていた。
リビングで遊んでいる凱央と悠助を見ながら、二人は夕飯の用意をしている。
「えっと、後は白菜を切って、と」
春香は大きくなってきた腹に手に当てながら、ウッドデッキ出た。隅に置いている白菜の袋に手をかける。
それに気づいた雄太が春香に声をかけた。
「あ、春香。白菜は俺が運ぶから」
「え? あ、ありがとう」
「足元気をつけるんだぞ?」
「うん」
春香は白菜を運んでくれている雄太を見上げて吹き出した。
「何?」
「雄太くん、やっぱりお父さんみたい」
「え゙。そんなにお義父さんに似てるか?」
雄太の家はバリアフリーだ。ドアを開けていると廊下に向かって悠助が手押し車でダッシュをしたりしている。
それでも、雄太は春香に事あるごとに足元に気をつけるように言う。
「心配症って呆れられてるのは分かってるけど、妊娠中で腹が大きくなると足元が見にくいだろ?」
「うん」
口元に手を当てながら笑う春香は、キッチンに運んでもらった白菜を切り始める。
「後はお野菜を切るだけだから、子供達をお願いね」
「ああ、任せとけ」
雄太がリビングにいくと、凱央と悠助は顔を輝かせて近寄ってくる。
「パパ、ハクタイデナニシュルノ?」
「ミルフィーユ鍋だぞ」
「ミウイーウナベ?」
「ミルフィーユ」
「ミウヒーウ」
雄太が凱央に教えているのが聞こえてきて、春香は笑いが込み上げてくる。
(ミルフィーユって、言いにくいもんね。凱央がいくら言葉が増えてきても、まだちゃんとは言えないよね)
雄太と凱央の言葉を聞いていた悠助が真面目な顔をする。
「ウィイーウ」
「ウースケ、チガウヨ。ミウヒーウ」
「ウニイーウ」
「凱央、悠助、違うって。ミィウイーウ。……あれ?」
子供達二人につられた雄太に我慢出来ず、春香は涙を流しながら爆笑してしまった。
柔らかく煮た白菜や豚肉、隅には凱央と悠助用にうどんや豆腐も入っている。鍋はホカホカと湯気を上げている。
取り皿に入れ軽く冷ましている白菜などをマクマクと美味しそうに食べる子供達を見ていると、雄太も春香も幸せな気持ちになる。
「マッマ、オタワリクダサイ。ントネ、オニクトオウロン」
「はいはい」
「マッマ、アリガト」
凱央はニッコリと笑って、春香にお礼を言うと、また食べはじめる。
「パーパー、アチュチャ〜」
「ん? 何て?」
「パパ。ウースケ、ハクサイタベタイッテイッテェウヨ」
「お? 凱央、ありがとうな」
凱央の通訳で、冷ましておいた白菜を悠助の器に入れてやると、悠助がペコリと頭を下げた。
「お、ちゃんとありがとうが出来たな。良い子だな。お兄ちゃんがちゃんと出来てるからだな」
言葉の意味が分からなかったのか凱央はキョトンとしていたが、少し考えて褒められたのが分かったのかニッコリと笑った。
雄太と春香は、顔を見合わせて笑い合い、ほのぼのとした結婚記念日となった。
子供達が眠った後、リビングで並んで座って夫婦の時間を楽しむ。
「あ、そうだ。春香、アルは北海道で元気にしてるみたいだぞ」
「え? もしかして……」
「ああ。今、療養してる牧場に電話して訊いてみたんだ」
雄太は照れくさそうに笑った。春香は、さり気ない雄太の優しさに涙を滲ませた。
「まだ、完治までは時間がかかるだろうけど、ちゃんと飼い葉も食べてるって事だし、来年の春からの種付けは大丈夫みたいだ」
「そう、良かった。アルの仔馬が見られるのは、また先だけど、この子が産まれて遠出が出来るようになってからで良いんだけど、北海道に行きたいな……。良いかな?」
春香は腹に手を当てながら笑う。
「春香ならそう言うだろうなって思ってた」
「えへへ」
「家族揃って北海道に行こうな。アルに会いにだけじゃない。カームにも会いに行こう。アルとカームに産まれた子を見せてやらないとな」
「うんっ‼」
競走馬が活躍する期間は思っている以上に短い。
だからこそ一頭一頭大切に関わっていきたいと思う雄太だった。




