718話
自宅に戻った雄太が玄関のドアを開けると、春香の熱烈なハグが飛んできた。
「ウオッ⁉ は……春香?」
「雄太くん、おめでとう。格好良かったぁ〜」
「ありがとうな。てか、お腹の赤ん坊がビックリしてるんじゃないか?」
「えへへ。だって嬉しかったんだもん」
雄太は春香を抱きとめた状態で苦笑いを浮かべた。
少し体を離した春香は、そっと腹に手をあてる。
「パパおかえりって言ってるよ」
「どれどれ……。お、ポコポコしてるな。ただいま」
雄太の手に伝わる生命の証が、心と体の疲れを癒してくれる。
春香の横で出迎えていた凱央がピョンピョンと跳ねる。雄太が膝をついて視線を合わせると、両手を挙げて話し始める。
「パッパ、パッパ。オタエリ」
「ただいま、凱央」
「パッパ。アウ、キェ〜ダッタネ。ガンバッチャネ」
「そっか。テレビでも綺麗に見えてたか」
「ン」
悠助は馬の手押し車に乗って、両手を雄太に伸ばす。
「パーパー、アーアー」
「ただいま、悠助。もしかして、アーアーってアルの事か?」
悠助は笑いながら頷く。
「そっか。悠助もアルが分かるんだな」
最愛の妻と宝物の子供達に迎えられて、雄太は上機嫌だった。
昼間にはしゃぎ過ぎたのか、いつもより早く悠助はウトウトし始めた。
「悠助、お部屋にいくよ」
「ン……」
ヨタヨタとしながら歩く悠助の手を握って、まだリビングで遊んでいる雄太と凱央に声をかけた。
「雄太くん。悠助、眠いみたいだし寝かせてくるね。凱央も一緒にお部屋いく?」
春香が訊ねると、凱央は首を横に振った。
「ボク、キョウハパッパトイッショネユ」
「え? パパと?」
「ン。パッパ、イッショスルノ」
凱央は雄太に駆け寄り手を握った。
「分かった。じゃあ、一緒に寝るか」
「アイ」
「寝るならオモチャ片付けるんだぞ?」
「オタタツケシユ」
凱央はパパパッと遊んでいたオモチャをオモチャ箱にしまい、ソファーの上に置いていたアザラシと馬のぬいぐるみを抱えた。
「それ両方連れていくのか?」
「ン。イッショネルノ」
「じゃあ、ママと悠助におやすみしてな?」
「アイ。マッマ、ウースケ。オヤシュミナシャイ」
「おやすみ、凱央」
凱央は手にしたアザラシのぬいぐるみを春香に向かって振ってリビングを出ていった。
ベッドに入った凱央は、ぬいぐるみを抱き締めながら嬉しそうに話す。
「パッパ。アウ、ガンバッチャネ」
「そうだぞ。いっぱい頑張ったんだ」
「パッパ、アウイイコイイコデキユ?」
「ああ。飯塚調教師に、お願いしておいてやるからな?」
「アイ」
あれやこれやと話していた凱央は、しばらくすると、ぬいぐるみの尻尾をしっかり握りながらスースーと眠りについた。
(凱央も、ちゃんとレースを見てて思った事を話せるようになったんだよな。飯塚調教師に、アルと会えるか訊いておいてやろう)
凱央の頭を撫でて、雄太も目を閉じた。
翌朝、雄太と凱央がリビングに行くと、悠助が顔を涙と鼻水でグショグショにしていた。
「あ、雄太くん」
「悠助、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「それが……ね」
雄太が春香に訊ねると、悠助はトテトテと凱央に近づいた。
「ニィニ〜、ニィニ〜」
「ウースケ、ナイチャダメラヨ。イイコイイコ」
悠助の後を追った春香が、ホットタオルで悠助の顔を拭ってやる。
「起きた時、隣に凱央がいなかったからみたいなの」
「はぁ〜、成る程な。眠過ぎて、寝る時には気づいてなかったのか」
悠助は小さな手で凱央の袖を掴んでポロポロと涙をこぼしている。凱央は手にしていたぬいぐるみを床に置いて、悠助の頭を撫でてやる。
「ウースケ、イイコイイコ」
「ニィニ〜」
雄太が春香の手にしていたタオルを受け取って悠助の顔を拭ってやるが、悠助は凱央にすがりついた。
「悠助にフラレた……」
「あはは。悠助もパパっ子かなって思ってたけど、悠助はお兄ちゃんっ子だったんだね」
「俺、複雑な気持ちだ……」
「ふふふ」
その日一日、悠助は凱央にベッタリだった。




