714話
9月20日(月曜日)
9月15日に誕生日を迎えた春香のお祝いをしようと、雄太達は朝からキッチンとリビングで忙しく準備をしていた。
カチャカチャという音やトントンと何かを切っているまな板の音に混じり、話している声も聞こえる。
「うん〜。こんな感じで良いと思うんだよなぁ〜」
「味見は……一度焼いてみるしかないですよね?」
(焼いてみる……? 何をだろう?)
本日の主役の春香は、悠助と一緒に部屋にこもっていた。
「悠助、皆楽しそうだね」
「ア〜ウア〜」
「ニィニも頑張ってるみたいだよ?」
「ニィニ〜」
前もこんな感じだったと思い、悠助にウサギのパペットを見せたり、アザラシのぬいぐるみを顔に近づけたりするとキャッキャと喜ぶ。
「春さんの好みって青系だから……」
「雄太、これ使っても良いか?」
「春香さんって、濃い味とか辛いの苦手だったよなぁ〜?」
「凱央、それ触っちゃ駄目だぞ?」
あれこれ漏れ聞こえる声に耳をかたむける。
「何をしてるのかな? ん? 何か良い匂いがしてきたね」
「ダゥ〜ンバァ〜」
「きっと美味しい物を作ってくれてるんだろうね」
「ンマンマンマァ〜」
「お腹減ってきちゃった?」
時計を見ると、12時少し過ぎていた。お茶を飲ませようかと考えているとドアが開いた。
「春香、悠助。お待たせ」
「パーパー、パーパー」
「ほら、悠助」
雄太は悠助を抱き上げ、春香の背に手を当てて歩き出す。
春香が部屋を出るとクラッカーが鳴り響いた。
「春香ちゃん、誕生日おめでとう」
「おめでとうぉ〜」
「ハッピーバースデー春さん」
「マッマ、オメエトォ〜」
派手な演出に春香は目を丸くした後、ニッコリと笑った。
「ありがとうございます。凱央、ありがとう」
リビングには長テーブルが置かれていて、真ん中に大きなホットプレートがあった。セットされているのはたこ焼きのプレート。
美味しそうな香りとホカホカと湯気を上げているたこ焼きに春香は嬉しそうに笑う。
「嬉しい……。私、家でたこ焼きしてみたかったの」
春香の誕生日にたこ焼きパーティーをしようかと提案したのは雄太だった。
少しずつ過去の話を笑いにしたりして昇華させている春香に、子供の頃にやれなかった事をさせてやりたいと思ったのだ。
「春香が喜んでくれて良かった。凱央も悠助も、たこ焼きが焼けてるところを見るの楽しんでくれるだろうって思ったからさ」
「ありがとう、雄太くん。塩崎さん、鈴掛さん、梅野さん、ありがとうございます」
春香が目を潤ませながら頭を下げると、皆が拍手をしてくれた。
春香が座り、雄太がグラスに烏龍茶を注いでやる。
「春香、おめでとう。乾杯〜」
グラスを上げて春香の誕生日パーティーは始まった。
「うわぁ……」
「マタチタン、ジョージュ」
「バァウアウェ〜」
春香と子供達は、梅野がクルクルとたこ焼きを器用に焼いてくれているのを見詰めている。
「凱央達のは、こっちで冷ましてるからな? ……お〜い。聞いてるか?」
「雄太。春さん達聞いちゃいねぇぞ?」
「悠助、腹減ったって言ってたのに……」
クックックと笑いながら、凱央と悠助用のたこ焼きを小さく切ってやる。
甘口のソースをぬってやり、器に入れて凱央と悠助の前に置いてやった。
「ほら。凱央、悠助。食べて良いぞ」
雄太の声に子供達はハッとして、手を合わせた。
「イタラキマシュ」
「タタチマツ〜」
「お? 悠助、いただきますっぽく言えたな?」
悠助の成長に雄太は嬉しくなる。春香も嬉しそうに笑う。
「ほら、春香さん〜。もう食べられるよぉ〜」
「はい。いただきます」
梅野が小皿にいくつもたこ焼きを乗せてくれ、雄太がソースをかけてくれる。削り粉と青海苔とソースの香りが春香の鼻腔をくすぐる。
ハフハフと言いながらたこ焼きを頬張る春香の姿に雄太達の頬が緩む。
「梅野さん、本当に美味しいです。このチーズのも」
「良かった、良かったぁ〜。ほら、どんどん焼くから食べて、食べてぇ〜」
嬉しそうな春香の様子を見ながら、皆もたこ焼きを頬張った。




