713話
9月の一週目でようやく遠征を終えた雄太は、翌日の朝一で滋賀へと戻った。
「ただいま、春香」
「おかえりなさい」
雄太は靴も脱がずに出迎えてくれた春香を思いっきり抱き締めた。
(ああ……。春香だ……。やっと帰って来られた……)
春香と付き合っていた時のように、ずっと一つの競馬場でレースに出られたなら、たまには帰って来られたのだが、今年は移動が多過ぎた。
約二ヶ月ぶりの春香の温もりに胸がいっぱいになる。
「パッパ、オタエリ〜」
「パーパー、パーパー」
春香の横に立っている凱央と、凱央のお古の馬の手押し車に乗っている悠助は両手を思いっきり挙げて笑っている。
春香から体を離し、膝をついて子供達の頭を撫でる。
「ただいま。凱央、悠助。元気にしてたか? 良い子にしてたか?」
「イイコチテタ〜」
「ウチャウアゥァ〜」
「そうか、そうか」
子供達は日焼けをしていて、健康そのものといった感じだ。
靴を脱いで、両手で子供達を抱き上げた。凱央も悠助も雄太の首に手を回し頬を寄せる。
「お? 二人共少し重くなったな」
「毎日元気に遊んで、ご飯しっかり食べてたからだね」
「そっか。あ、春香は荷物持っちゃ駄目だからな?」
「うん」
久し振りに雄太と並んで歩ける事と子供達を抱く姿が見られて、春香は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
小倉からの移動で疲れてはいないかと心配をしている春香をよそに、雄太はリビングで子供達と遊んでいる。
(えへへ。パパの顔をしてる雄太くんも好き)
宿舎で洗濯をしていたから洗う物はそれほどないが、昨日着ていた物を洗濯して、約二ヶ月しっかり使ったバッグを風に当てていた春香が気づくと、リビングでは雄太と子供達はスースーと寝息を立てて寝ていた。
幸せそうに眠っている三人に、そっとタオルケットを掛けてやり、家族が揃った幸せに目を細めていた。
「美味ぁ……」
「パッパ、マッマノゴアンオイチィネ」
「ああ。パパはママの作るご飯が大好きだぞ」
「ボクモ、マッマノゴアンダイシュキ」
「ん? 凱央、僕って言った?」
雄太が目を丸くして春香に訊ねた。
「うん。自分の事は僕って言うんだよって教えたの」
「そっか」
約二ヶ月会わない間の凱央の成長に驚いた。
「あ、そう言えば塩崎さんが送ってきてくれたアザラシのぬいぐるみ、凱央も悠助も凄く気に入っててね」
「あ〜。あれか」
リビングに転がっている真っ白なアザラシのぬいぐるみを雄太は見た。
「あれね、二人共ベッドに持ち込んで抱っこして寝てるんだよ」
「……春香と子供達とぬいぐるみ二つ……? さすがに狭くないか?」
頭の中で並べてみた雄太が春香に訊ねる。
いくら子供達が小さくても、無理があるように思えたのだ。
「そうなんだよね。けど、まだ凱央を一人で寝かせるのは不安だし、かと言って悠助をベビーベッドじゃ、お腹の子が産まれたらベビーベッド使うし」
「だよなぁ〜」
凱央を雄太と寝かせるとしても、雄太が起きる時間に凱央を起こすのも忍びない。
かと言って、雄太が起きた後、凱央を雄太の部屋で寝かせたままで良いのかとも考える。
「でもさ、アザラシが家に着いてから、どうやって寝てたんだ? まさか床で寝てたりしたんじゃ……」
「違うってぇ〜。ベッドを横向きに使ってたの」
「ああ〜。そうか」
雄太はうんうんと頷いた。そして、ふと気づく。
「春香の身長でも横向きってつらくないか? 春香のベッドはセミダブルだしさ」
「足曲げて寝てた」
「そうなるよな」
あれこれと話し合い、今使っているセミダブルの横にダブルベッドを置こうと言う話しになった。
「凱央が一人で寝られるようになるのっていつになるかな?」
「雄太くんは、いつから一人で寝るようになったの?」
「俺? 小学校に入る時からかな?」
「そっか。じゃあ、凱央も小学校に行く前には、二階の部屋を整えなきゃね」
「そうだな」
雄太達がここに住んでいるのだから、凱央は雄太の通っていた小学校へ通う事になる。
その頃にはどんな子供に育っているのか楽しみな雄太だった。




