712話
京都での騎乗を終えて、一度自宅に戻った雄太は、春香の手料理を堪能し、子供達と遊び気力を充実させた。
翌日、名残惜しい気持ちでいっぱいになりながらも小倉へと向かった。
その後、また札幌へ移動し、また小倉へと移動した。
「今年は、移動が多過ぎて……」
「そう言えばそうだな。春さんにも子供達にも会えてないんだっけ?」
「現地での調教があるからって、全然会えてない……。春香不足で、俺はもう駄目かも知れない……。電話だけじゃ満足出来ない……」
宿舎でガックリと肩を落としている雄太に、アイスを食べながら純也はのほほんと言う。
「雄太、今年は北海道と九州を行ったり来たりだもんな。会う余裕ゼロだよなぁ〜」
「京都で騎乗がある時に会って以来、一回も会えてないんだ。春香の飯が食いたい。子供達と遊びたい。悠助に顔を忘れられてたら、俺は……泣く……」
一つの競馬場で騎乗があるなら、レース終わりに自宅に戻ると言う事も出来たが、月曜日を移動日にしなければならないからと、全く自宅には帰れていないのだ。
純也は食べきったアイスの棒をフリフリしながら壁にもたれた。
「大丈夫だろ?」
「何で、そんな事が分かるんだよぉ〜」
「へ? だって悠助、俺の事を忘れてなかったし」
ガバっと顔を上げた雄太は、ガシッと純也の肩を掴んだ。
「なっ⁉ 何で俺が会えてないのに、ソルが会ってんだよっ⁉」
「俺、先週新潟で乗ってただろ? んで、小倉に移動する前に雄太ん家に寄ったんだよ。新潟でさ、美味い煎餅を食ってさ。春さんと子供達にも食わせてやりてぇなって思ったからさぁ〜」
純也が遠征に出た時の楽しみは、美味い物探しだ。店だけでなく、名産品を食べまくるのが趣味と言っても良い。
「春香、元気だったか? 様子に変わりはなかったか?」
「ああ。急に行ったからビックリしてたけどな」
「……今日ほど、ソルの事が羨ましく思った事はないぞ……」
「それって、どんなだよっ⁉」
純也の叫びを無視して、肩にすがっている雄太は捨てられた仔犬のようだ。
「あ。俺、春さんに手紙預かってたんだ」
ガバっと雄太が顔を上げる。
「マ……マジかっ⁉」
「お……おう。雄太も新潟の煎餅食う?」
「煎餅じゃなくて、手紙っ‼」
鼻息がかかるぐらいに顔を近づける雄太がおかしくて、純也は吹き出しそうになる。
「何? 春さんとチュー出来てないから俺とチューしたいのか?」
「ち〜が〜う〜っ‼」
雄太は腕を精一杯伸ばしながらも、純也の肩を掴んだままだ。
「冗談だって。落ち着けよ」
「落ち着くから……手紙……」
「うんうん。んで?」
「……手紙預かってきてくれて……ありがとう……」
頬をピクピクさせながら言う雄太に、純也はうんうんと頷きながら雄太の両肩に手を置いた。
純也は自分のバッグを開けて、空色の封筒を取り出した。
「あ……ありがとう」
「どういたしまして」
手渡された封筒を受け取った雄太は、嬉しそうに笑った。
電話で話していても、やっぱり春香からの手紙は嬉しいのだ。
「春さんからのラブレターだもんな」
「え? あ、うん。そうだな」
一生懸命にニヤケないようにするが、どうしても顔が緩んでしまう雄太の肩をポンと叩いて純也は部屋を出ようとする。
「ソル?」
「俺はオヤツ買いに出てくるから、ゆっくり読めよ」
「え? あ、ああ」
純也は財布を尻ポケットに入れて、部屋を出て行った。
純也なりの気遣いに雄太は感謝をして、春香からの手紙の封を切った。
帰って来た純也に、手紙を預かってきてくれた礼は何が良いかと訊いた。
「鰻っ‼ 特を腹いっぱい食いたいっ‼」
「ああ。良いぞ」
「マジ? 五杯食っても良いのか?」
「五杯でも、十杯でも食っても良いぞ。ただし、斤量オーバーすんなよ?」
「おうっ‼ 鰻を腹いっぱい食えるなら、減量なんて怖くねぇぜ」
よく分からない純也理論にゲラゲラ笑いながら、雄太と純也は鰻屋に出かけた。
鰻屋の店主が呆れるほど鰻重を食べた純也を、現役の騎手だと言っても信じられないだろうなと思った雄太だった。




