709話
7月の初週、いよいよ夏の遠征が始まった。
雄太は春香と子供達と、春香の腹にいる三人目の子供の事を気にしながらも北海道へと向かった。
「あ〜。春香と子供達に何か送ってやろう。何にしようかなぁ〜」
「おい、雄太……。まだ宿舎に着いて二時間も経ってないぞ?」
「良いだろ」
純也にかまわれた雄太は唇を尖らせた。
出かけに、タクシーが迎えにくるまで抱き締めて散々キスをしてきたが、北海道に着いた時点で春香シックになっていた。
「悠助も食べられる物を送ってやろう」
「……ま、良いけど」
いそいそと出かける準備をしている雄太に苦笑いを浮かべる純也も、財布を尻ポケットに突っ込んだ。
「ソル?」
「俺もお菓子買いに行く。小腹対策に」
ニッと笑った純也と共に、札幌競馬場近くの店に買い物に出かけた。
店に入るとアレコレと買いたくなってしまった。
「あ、これも美味そうだな。ミルク味なら悠助も喜んで食べそうだし。あ、この馬のぬいぐるみ可愛いな。凱央が喜びそうだ。でも、最近は芦毛のがお気に入りだしな」
「アルは芦毛だもんな」
「ああ。……お前はマジでお菓子ばっかだな……」
雄太が純也の手にしている買い物カゴを覗くと、クッキーやチョコなどがドッサリと入っていた。
「チゲェよ。ほら、コイツ可愛くね?」
純也の足元にあった買い物カゴには、真っ白な子アザラシのぬいぐるみが入っていた。
「……ソルがアザラシのぬいぐるみを抱き締めて寝てるの想像したら、ゾワッとするんだけど……」
「んだとぉ〜」
相変わらずじゃれ合う二人を見て、同じ店にいた先輩騎手達はケラケラと笑っていた。
支払いと発送を済ませた雄太と純也は店の前で買ったソフトクリームを食べながら歩き出す。
「ウメェ〜。やっぱ北海道に来たらソフトクリーム食べなきゃだよな」
「うん。美味いな」
純也の手には大きな袋が二つ。呆れながらも、雄太は純也に礼を口にする。
「ぬいぐるみ、ありがとうな。凱央も悠助も喜ぶよ」
「良いって。この前、春さんに飯食わせてもらったし、マッサージしてもらったからな。春さんへのマッサージ代金としたら、ぬいぐるみぐらいじゃ安すぎだろ?」
「まぁな」
普段は里美にマッサージをしてもらっているが、遊びに来た時に春香がマッサージさせてくれと言い、じっくり一時間施術をしてもらったのだ。
「そういえばさ、前に言ってた彼女は?」
「ん……」
二つ年下の女の子から付き合って欲しいと言われた事は聞いていた。たが、最近は女の子の話は聞いてなかったなあと思い訊ねた雄太に、純也は渋い顔をした。
「付き合ってとは言われたけど、友達からって言って遊びに行ったりはしたんだよ」
「うん」
「俺達って朝早い仕事だろ? 彼女は昼間仕事たから夜に電話したいとか、会いたいとか言うんだよ。何度か無理だって言ったら音信不通になった」
純也はそう言って、ソフトクリームのコーンをバリバリと齧った。
「その前の子も、俺が騎手だって知ってるのに、土日に会えないのが嫌だとか言うしさ。何だかなぁ〜って感じだよ」
「そっか」
純也だけでなく、先輩後輩からも同じような愚痴を聞かされた事がある雄太は、春香の笑顔を思い出した。
(やっぱり春香が特別なのか……? 否、結婚してる先輩もいるんだよな。だったら、騎手って仕事を理解してくれる女性だっているよな?)
たまたま純也が縁がなかっただけなのかなと思いながら、溶けかかったソフトクリームを一気に食べきった。
「あ〜あ。春さんみたく仕事に理解があって、料理が上手くて、出来ればマッサージの上手い女の子いねぇかなぁ〜」
「マッサージは別として、仕事に理解あって料理上手な女の子はいると思うぞ? まだ出会えてないだけで」
「そっかな? 彼女が出来るまでは、また凱央と悠助と遊ぼう」
そう言って純也はニッと笑った。だが、ふと足を止めた。
「雄太」
「ん?」
「お前、春さんと東雲家には何だかんだ送ったけど、おっちゃんトコに何か送ったか?」
「え? あ……」
純也に言われるまで、実家の事はすっかり忘れていた雄太だった。




