708話
阪神競馬場から帰宅した雄太を、春香と子供達は大はしゃぎで出迎えた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
春香の目が潤んでいるのに気づいた雄太は、そっと春香を抱き締める。
春香もしっかりと抱き締めかえし、お互いの温もりを感じながら喜びを噛み締める。
「おめでとう、雄太くん。お疲れ様。本当に格好良かった」
「ありがとう、春香。体調は大丈夫か?」
「うん」
子供達が春香の足元で、ワクワクした顔をして待っている。膝をついて二人の頭を撫でた。
「凱央、悠助。ただいま。良い子にしてたか?」
「パッパ、オタエイ〜。イイコチテタ」
「タタタァ〜」
二人に抱きつかれ、パパの顔になった雄太に、春香は笑みが溢れる。
雄太の優しい顔も凛々しい顔も好きなのだが、パパの顔も大好きなのだ。
「よし。じゃあ、一緒に風呂入るぞぉ〜」
「アイっ‼ オフロハイユ〜」
「チャウチャイウ〜」
両手に子供達を抱き上げた雄太は風呂へと向かった。
春香はその逞しく優しい背中を見て好きの気持ちが増えていった。
洗い場で雄太は凱央、春香は悠助の髪と体を洗う。
洗い終えた凱央を抱き上げた雄太は湯船に入り、凱央は雄太の太ももに座って、大きな身振り手振りで話す。
「パッパ。アウ、バンバッチェハチッタネ」
「ああ。いっぱいいっぱい頑張ってたぞ」
「アウ、イイコイイコシチャ?」
「撫でてきたぞ。頑張ったからな」
ニコニコと笑う凱央の汗をタオルで拭いながら、雄太はテレビの前で一生懸命応援している姿を想像した。
いつも、春香の手作りのポンポンを振り回して、足を踏み鳴らしていると聞いていて、見たいからとビデオカメラで撮影して見せてもらった。
「ブフッ。こ……これは激しいな」
「でしょ?」
ベビーゲートの前で、ポンポンを振り回して『パッパ〜っ‼』と絶叫している凱央と、ポンポンを放り投げゲートを掴んでいる悠助に笑いが込み上げた。
(落ち込んだ時にこれ見たら、絶対頑張ろうって気になれるよな)
そう思った雄太は、その撮影テープをコレクションルームに置いておいた。
「凱央はアルが好きか?」
「ン。アウシュキ〜」
「そっか、そっか」
慎一郎が馬好きになってもらいたいと願っていたように、凱央は馬が大好きになった。
「はい。悠助いくよ〜」
「あ、俺が抱き上げるよ」
「うん」
「凱央、ちょっと立っててくれな?」
「アイ」
春香に無理はさせたくない雄太は、太ももに座っていた凱央を立たせて、悠助を抱き上げた。そして、悠助を凱央のほうに向けて太ももに座らせる。
凱央は湯船の縁に置いておいたオモチャを湯に浮かべていく。
「ウースケ。アヒウサンアショブ?」
「ニィニ〜」
悠助は凱央とは、オモチャで遊び始める。広い湯船にプカプカと浮かぶアヒル達や金魚達でキャッキャと笑いながら遊ぶ二人の宝物に、雄太も春香も目を細めて見ていた。
子供達が眠った後、春香がマッサージをしようと言うと、雄太はそっと手で制した。
「今回も安定期に入るまでは、マッサージはお義母さんに頼むよ。何かあったら嫌だしさ」
「あ……うん。そうだね。背中とかだと力を入れたりするしね」
「だろ?」
「じゃあ、安定期までは腕とかのマッサージたけにするね」
「ああ」
雄太は春香の手を引いてソファーに座る。
春香は雄太の右腕をゆっくり揉みほぐしていく。
「今日は、雨だったからドキドキしちゃった」
「蹄が滑って落馬したり、キックバックの泥で前が見えなくなったりするからなぁ……」
「うん。アルは雨が苦手な子じゃないけど、巻き込まれたりする事があるもんね」
春香の温かく優しい手が、ゆっくり解してくれていく。
「やっぱり、妊娠中って体温上がるのかな? 春香の手、あったかい気がするな」
「かな? ほら、赤ちゃんがお腹にいる時は体を冷やさないほうが良いし、自然に体温上がってるのかも知れないよ?」
「あ〜。そうかもな」
優しく笑う春香の中で、日に日に大きくなっていっている三人目の我が子を愛おしく思う雄太だった。




