第27章 春香とアレックス 707話
6月13日(日曜日)
雄太とアレックスは宝塚記念に出走する。
雨が降る中、雄太は傘の花が咲くスタンドをチラリと見た。そして、アレックスの首を撫でながら話す。
「アル。昨年出られなかった分、頑張って獲ろうぜ」
キリリとした顔で前を見るアレックスは頼もしい。
本当なら、春香が子供達を連れて阪神競馬場まで見に来てくれているはずだった。
「アルが後何回レースに出られるか分かんないんでしょ……? 来年も元気で走ってるなんてないって、雄太くんも言ってたでしょ……? だけど……、お腹の子より優先して良いなんて思わないから我慢する。家で応援してるから、精一杯頑張って、無事で帰ってきてね」
春香はまだ安定期に入っていない。何があるか分からないのだ。少し残念そうにしながらも笑っていた。
「勝って欲しいけど、絶対に勝てる訳じゃないよね。だから、後悔しない騎乗してね。応援してるから」
「ああ。頑張ってくるから、無理しないでくれよ?」
「うん。大好きな雄太くんの大切な生命を守るのは私の役目だもん」
ニッコリと笑う春香とパパ大好きな二人の子供達を抱き締めて家を出てきた。
ファンファーレが鳴り響き、アレックスは王者の風格といった感じを見せながらゲートに入った。
リビングのテレビの前で、子供達が雄太とアレックスに声援を送る。
「アウ〜、バンバエ〜。パッパ、バンバエ〜」
「パーパー、ダゥダ〜」
春香はソファーに座り、画面を見詰めていた。
(雄太くん……。アル……。頑張ってね)
「マッマ。パッパ、バンバウヨネ」
「うん。パパ頑張るって言ってたからね。アルも頑張るよ」
「ン。オウエンシユノ」
凱央は手にしたポンポンをフリフリしながら、目を輝かせている。悠助もベビーゲートのギリギリに立ち、画面の中を雄太を見詰めていた。
いつも通り綺麗にゲートを出たアレックスを、三番手辺りにつけた雄太は、あまり内に入らずに外側をキープした。
一周目のスタンド前に差し掛かると、大きな歓声が沸く。そのままの位置をキープしながら、向こう正面を過ぎた。
ラストスパートがかかる辺りの3コーナー、4コーナーになると、春香のドキドキは高まる。
(アルっ‼ 雄太くんっ‼)
4コーナーを周るとアレックスの順位は二着に上がった。グングンと加速をして行くアレックスに、凱央と悠助もテンションが上がる。
「パッパ、アウ。キチャァ〜。ウースケ、パッパラヨ」
「パーパー」
「パッパァ〜っ‼ アウ〜っ‼ バンバエ〜っ‼」
「パーパー、パーパー」
アレックスの芦毛の馬体が、懸命に先頭を走る馬を追い掛けている。
観客席からも大歓声が沸き上がる。
「アルっ‼ 雄太くんっ‼ もう少しっ‼」
後もう少しで先頭になれるところで、春香は思わず立ち上がった。
「パッパァ〜っ‼ パッパァ〜っ‼」
「パーパー、ダゥダァ〜」
子供達もポンポンを激しく振り返っ、画面に向かって声援を送る。
ゴール手前でアレックスは先頭をかわし、一着でゴール板を駆け抜けた。
思うところがあったのだろう。画面には、珍しくガッツポーズをしている雄太が映っている。
「雄太くん、アル。おめでとう。格好良かったよ」
「パッパ、カッチャァ〜。アウ、カッチャァ〜」
「ウァウェオ〜」
ピョンピョンと跳ねながら喜んでいる凱央と、ポンポンを放り投げ悠助はパチパチと拍手をしている。
(ふふふ。悠助なんて、まだ良くわからなくてもおかしくない年齢なのに)
恐らくは、お兄ちゃんである凱央の真似をしているだけなのだろう。それでも、応援している事には変わらない。
春香は、そっと腹に手を当てた。
(あなたのパパが勝ったのよ。自慢のパパなの。産まれてきたら、お兄ちゃん達と一緒にパパを応援しようね)
まだ胎動もなく、腹も出ている訳でもないが、愛してやまない雄太の子供がいるのは確かだ。
競馬中継が終わると一緒に遊びだした凱央と悠助を見ながら、子供が三人になった時を想像しながら、春香はゆっくりとお茶を飲んだ。




