705話
五月に入り、二週目のG3を勝った雄太に対し、散々、『全く重賞が勝てなくなった』と悪しきざまに書き連ねていたマスコミは声をひそめるしかなかった。
年が明けてからG1を二週連続。G2が一つ。G3を二つも勝ったのだから、ケチのつけようがない。
(また勝てなくなったら書かれるんだろうけどな。今は、優駿牝馬に集中だ)
木曜日の仕事が終わり、風呂も夕飯も済ませのんびりしていた時だ。ソファーに座って子供達を見ていた雄太の隣に、洗い物を終えた春香が座った。
「雄太くん。オークスには桜花賞獲った子と出るんだよね」
「ああ。馬の調子も良いし、頑張ってくるよ」
悠助の誕生日を楽しく過ごし、重賞を五つも勝てた事から雄太の気力も充実していた。
「うん。でね、雄太くんに話しておきたい事があって」
「ん?」
「雄太くんがお仕事行ってる時に病院に行ってきたの」
「え? 病院っ⁉ 具合悪いのかっ⁉」
雄太は慌てた。朝も仕事から帰ってきた時も元気だった春香が病院に行ったと言うのだ。
「違うの。あのね、三人目が出来たの」
「三人……目……? 出来た? マジっ⁉ やったぁ〜っ‼」
春香を抱き締めて叫んだ雄太に、リビングで遊んでいた凱央と悠助はキョトンとして見上げた。
凱央が立ち上がり、雄太の前に歩いてきた。
「パッパ、ドーチタノ?」
「悠助がお兄ちゃんになるんだぞ。凱央に弟か妹が出来たんだ」
「オチョウチョ? イモウチョ?」
「そうだぞ」
「ウースケ、オニイタンニナリュノ?」
「ああ。ママのお腹に赤ちゃんがいるんだ」
凱央は雄太の隣に座っていた春香のほうに近づき、太ももに両手を置いた。
「マッマ、アカタンイユノ?」
「うん。ここに赤ちゃんがいるんだよ」
凱央の手を取り、腹に当てさせる。
「アカタン、イイコイイコ」
「うん」
凱央が小さな手で、春香の腹を撫でる。
「あ、父さんと母さんには知らせた?」
「まだなの。病院から帰ってきた時は買い物にいってらしたのかお留守だったから」
「そっか。じゃあ、いってくる」
ウキウキとした顔で、雄太はリビングの窓から出てサンダルを履いて、ダッシュで走って行った。
雄太は慎一郎宅のリビングの窓を叩いた。理保が窓を開けて、雄太が話すと、慎一郎が凄い速さで立ち上がり、理保と共に雄太宅へと走った。
「は……春香さん。三人目? 孫がまた増えるのかね?」
サンダルを蹴飛ばしながら室内に入った慎一郎達は、ソファーに座っていた春香の前に立つ。
「はい。予定日は来年の一月です」
「そう。嬉しいわ。楽しみね」
にこやかに笑う春香に、理保は涙ぐみながら手を握った。
「父さん……。とりあえず猪口を離そうか……」
「え? あ……ああ」
慎一郎は持ったままだった猪口をテーブルに置いた。
「春香さん、ご両親には伝えてあるのかね?」
「はい。病院の帰りに寄って伝えてきました」
「そうか。喜んでらしただろうな。東雲さん達も子供好きだしな」
「ええ。父なんて、もう舞い上がっちゃって」
雄太は、その時の直樹の姿が目に浮かんだ。
(お義父さん、泣いてたんだろうなぁ……。想像したら……プッ)
雄太の想像通り、直樹は号泣に近い泣きかたをして、常連客達から大笑いをされていた。
「悪阻で辛かったら言ってちょうだいね? いつでも、お手伝いするから」
「はい。遠慮なく甘えさせていただきます。お義父さん、お義母さん。この子が産まれたら今まで以上に賑やかになりますし、頼る事も増えますけど、よろしくお願いします」
「任せておいてくれ」
「ええ。頼ってね」
妊娠というものが理解出来ていない凱央と悠助は、慎一郎達が来てくれた事でテンションが上がり、はしゃいでいる。
「ジィジ、バァバ〜」
「ジィー、バァー」
慎一郎達は、この可愛い孫達に加え、もう一人増えるのだと思うと嬉しくてたまらなかった。
週末、雄太は見事オークスで優勝した。インタビューでもいつも以上ににこやかだった。
雄太の優勝もだが、純也達は春香の妊娠に大喜びしたのは言うまでもない。




