703話
4月26日(月曜日)
悠助は24日に一歳の誕生日を迎えていた。雄太達はウッドデッキでバーベキューパーティーのを準備をしていた。
車で出かけていた慎一郎が自宅に入らず、そのまま庭を歩いてやってきた。そして、大きな包みを春香に手渡す。
「春香さん。これは儂からの差し入れだ。炭火で網焼きすれば美味いと思うんだが」
「ありがとうございます、お義父さん。パーティー始まったらお義母さんといらしてくださいね?」
「ああ」
春香は慎一郎達向けの料理を作っていた。
準備をしながら、雄太や純也達は、春香と慎一郎の会話を微笑ましく見ていた。
炭が赤々といこり、焼き網の上にはたくさんの具材が美味しそうな匂いをさせていた。
春香が一時的に冷蔵庫に入れていた肉屋の包みを持ってきて、ガーデンテーブルの上に置いた。
「うぉ……。おっちゃん、この肉スゲェな」
「ん? 言っとくが、これは純也にじゃないからな?」
「わ……分かってるって」
昔のままの関係に戻ったように話す純也と慎一郎に、皆から笑いが起こる。
「じゃあ、焼いていきますね」
春香がトングで網の上に大きなステーキ肉を乗せると、純也は口を半開きにして眺める。
「純也……。ヨダレ拭け」
「ヨダレ垂らすなよぉ〜」
鈴掛と梅野は、二人して純也をからかう。
「お前なぁ……。悠助のよだれ掛け持ってきてやろうか?」
「要らねぇよっ‼」
大人は大笑いだが、雄太と純也のやり取りは眼中にない凱央と悠助は、理保にお世話をしてもらいご機嫌だ。
「バァバ、アーンシテクラサイ」
「あら、バァバに食べさせてくれるのね」
理保も凱央と悠助用にと春香が小さく作ったハンバーグを食べさせてもらって嬉しそうだ。
焼けたステーキをナイフでカットした春香は、皆の取り皿へと配っていく。
「う……美味い……」
「分厚いのに……」
「柔らかぁ……」
純也達が口にした途端、感動したように言う。
それを聞いた慎一郎が、ビールを呑みながらニヤリと笑う。
「そりゃ良かった。肉屋の店主が、儂が現役の時からファンだって言ってな。サービスしてくれたんだ」
「あぁ〜。そう言えば、前に聞いたな。父さんの大ファンだって」
雄太が肉屋に行った時に、雄太のファンだが慎一郎の大ファンだと鼻息荒く語られたのを思い出す。
あまりにも語りが長く、女将さんから叱られていたのは笑い話だ。
大人用よりしっかり焼いて、凱央と悠助用に小さくカットして、理保が差し出してくれた取り皿に乗せた。
「ジィジ、オニクオイチィ〜」
「ジィ〜。ウマウマァ〜」
幼い子供達でも食べられるぐらいに柔らかく美味しかったようで、凱央と悠助が声を上げた。
「おぉ、そうかそうか。凱央と悠助は春香さんの子だけあって素直で可愛いな」
「凱央と悠助は、俺の子でもあるんだけどなっ‼ 忘れてんのかぁ⁉」
相変わらずの二人のやり取りに、春香は必死で笑いを堪えていた。
肉汁が口いっぱいに広がるステーキは、あっという間になくなった。
「お義父さん、卯の花ありますよ」
「お、いただこうか」
「春香さん、私にもいただける?」
「はい。取ってきますね」
雄太は焼くのを春香と代わり、慎一郎達と仲良く話している春香を見る。
(本当、父さんも母さんも春香を実の娘のように思ってくれてるんだな)
三人で話している姿は自然で微笑ましい。
「あ、そろそろ良いかな?」
「あ〜。そうかも」
バーベキューコンロに近づいた春香が、横に置いてあったトングで炭火が弱くなった部分に置いておいたアルミホイルを開ける。
辺りにフワリと良い香りが広がる。
「うん。焼けてるね」
「それは……西京焼き……かね?」
香りにつられた慎一郎が訊ねる。
「西京味噌と酒粕を混ぜた物に漬けた豚肉です」
「あら、酒粕を?」
「はい。初めて作った物なので不味かったらすみません」
春香がカットした豚肉を皆が頬張り、あっという間になくなった。
「俺……一切れしか食ってないんだけど……」
しょげた雄太に、皆が大笑いをした。




