701話
4月19日(月曜日)
朝から……と、いうより、昨日雄太の皐月賞勝利を見た後からずっと春香の機嫌は上々で、大量の野菜が鎮座したキッチンで野菜を切っていた。
雄太は庭で子供達を遊ばせている。
「パーパー、トート」
「お? 蝶々だな。可愛いな」
「ウースケ、モンチヨチョウラヨ」
「凱央、偉いぞ。モンシロチョウだな」
「コエハ、トゥーイップ」
「そうだな。チューリップだ」
凱央の可愛いドヤ顔と色んな物に興味津々な悠助を眺めていると、窓が開いて室内から純也と梅野が声をかける。
「雄太〜。凱央、悠助〜」
「よう〜。良い天気だなぁ〜」
「ソル、梅野さん。急に呼び出してすみません」
春香は二人にコーヒーを淹れているようで、良い香りが開け放たれた窓から流れ出てくる。
「良いってぇ〜。別に予定入ってた訳じゃないからさぁ〜」
「俺もゴロゴロしてただけだし」
「マタチタン〜。ウォウ〜」
凱央はウッドデッキに登り、純也達の前に立ち、庭に咲いていたタンポポを差し出した。
「タンポポアゲユ」
「ありがとうな、凱央」
「おじちゃんって言わない凱央は偉いぞぉ〜」
雄太は梅野の言葉に笑いながら悠助を抱っこして室内に入った。凱央は自分で靴を脱ぎ、洗面所へ向かう雄太の後を追った。
純也と梅野は長テーブルを出したり、カセットコンロを準備したりと忙しく動いてくれていた。
「で、春さん。すき焼きは雄太の祝勝会って意味っすか?」
「え? ああ〜。半分当たりです」
春香は昨日あった事を順番に説明した。
「それで、朝からお父さんがドドーンと野菜とお肉を届けてくれたの。重幸伯父さんからだって言って」
そう言って春香は冷蔵庫を開けて、肉屋の包みを取り出した。それを雄太テーブルに運びドンッと置くと、純也と梅野は目を丸くする。
「スゲェ量の肉……」
「これ近江牛って書いてんだけどぉ……」
春香は山盛りの野菜をテーブルに置いた。
「さすがに多過ぎだなって思うでしょ? だから、塩崎さん達に来てもらおうって思って」
「確かに多過ぎって思うっすけど、これって施術した春さんへのお礼なんすよね? 俺達もゴチになって良いんすか?」
「良いの、良いの。私への差し入れを雄太くんの祝勝会に使うのって変じゃないでしょ?」
春香が牛脂を熱くなった鍋に塗り広げながら笑う。
「残りは冷凍しても良かったんだけど、美味い肉は美味い内にって思ってさ」
雄太は凱央と悠助を椅子に座らせて、食器の準備をしてやる。
「ん〜。春香さんが良いって言うなら遠慮なくいただこうかなぁ〜」
「鈴掛さん、こんな良い肉が食えるって時にゴルフのお付き合いなんて可哀想っすね」
「俺達は日頃のおこないが良いからだぞぉ〜」
「そっすね」
鈴掛が聞いたら締められそうな事を言う純也と梅野に雄太は苦笑いを浮かべる。
「ほらほら、もうお肉焼けますよ。玉子といてくださいね」
「ういっす」
「美味しそうぉ〜」
春香は大きな一枚肉を雄太の器に入れる。
「雄太くん、二週連続G1優勝おめでとう」
「ありがとう」
春香は純也と梅野の器に肉を入れる。
「じゃあ、お肉で乾杯〜」
「雄太、おめでとう〜」
「おめでとうなぁ〜」
酒ではなく肉で乾杯と笑う春香のオチャメな部分にも笑みが溢れる。
「美味いなぁ〜」
「口の中でとろけるぅ〜」
「たくさん食べてくださいね」
純也も梅野も幸せそうな顔をして肉を頬張る。
「マッマ、オニククラサイ」
「マーマー、オゥラゥダァ〜」
「ウースケ、オトーフタベチャイイッテウ」
凱央も食べられるぐらいの柔らかな肉をおかわりし、悠助も小さくしてもい食べていた。
「凱央の通訳すごいな」
「俺には分からないぞ……。うん。悠助の嬉しそうな顔からして、本当に豆腐が食いたかったんだな」
器に入れてある物を平らげ、何度もおかわりしている子供達に、雄太も純也もニコニコ顔だ。
食べきれないかと思っていた牛肉は、綺麗に平らげられた。純也と梅野に遊んでもらい、子供達も大満足だった。
木曜日、重幸は無事に手術を成功させた。




