700話
直樹と里美は、可愛い孫達と遊びながら、春香の施術が終わるのを待っていた。
(春、頑張ってやってくれ)
(春香、あなたなら出来るわ)
刻々と時は過ぎ、二時半を少し過ぎた頃、VIPルームから出てきた春香が直樹に声をかけた。
春香は額の汗を拭いながら、少し息が乱れていた。
「お父さん、後はお願いね」
「おう。今行く」
湿布とコルセットを手に直樹がVIPルームに入る。
「あ、春。片付けより先にシャワー浴びてこいよ? そのままだと風邪引くからな」
「うん。じゃあ」
春香は直樹の家でシャワーを浴びる為にVIPルームを出ていった。
直樹は重幸の腰に湿布を貼り、コルセットをしっかりと巻いて固定すると、重幸はホッと息を吐いてタオルで顔を拭った。
「春の神の手の出血大サービスはどうだった?」
「ん? あ……。もうこんな時間になってたのか。すまん、頼みがあるんだが」
「何だよ?」
重幸の言葉に笑った直樹は、重幸に肩を貸して待合まで連れて行くと外出をした。
シャワーを浴びてスッキリした春香は、疲れはあるものの晴れ晴れした気持ちで店へと戻った。
「マッマァ〜。ケーキオイチィオ〜」
「ンマンマァ〜」
「へ? ケーキ?」
凱央達の前には、春香の好きなケーキ屋のオムレットケーキが三つ置いてあった。凱央と悠助は口の周りを生クリームでベトベトにしながら笑っている。
「俺からの差し入れだ。春香がシャワーに行ってる間に直樹に買って来てもらった」
重幸はにこやかに笑いながらソファーに座っていた。
「もちろん料金とは別だぞ? 疲れた時は甘い物って言うからな。オチビ達には、お利口さんで待ってたからご褒美だ」
「ありがとう、重幸伯父さん。いただくね」
痛みが引いたのと、施術で血行が良くなった重幸の顔色はいつもより良いぐらいになっていた。
春香は子供達の傍に座り食べ始めた。
「それにしても、春香。お前、パワーアップしたな」
「へ? どう言う事だ?」
重幸が苦笑いを浮かべながら言うと、直樹がコーヒーを飲みながら訊ねた。
「ついでに全身揉みほぐすねって言って肩やら足やらマッサージしてくれたんだが、前より力が強くなってたんだよ」
「当たり前じゃない。毎日、悠助をおんぶしながら凱央を抱っこしたりしてるんだからね。子供が二人いると筋トレしてるのと同じなんだから」
凱央は十三キログラム。悠助は九キログラム。一人ならばそんなに重くないかも知れないが、一気に抱っことおんぶを長時間すれば、かなりの筋トレになるだろう。
春香はパクリとオムレットケーキを口に運ぶ。
「あぁ〜。美味しい。タップリの生クリームもフルーツがいっぱい入ってるのも最高〜」
「マッマ、マナナクダシャイ」
「はい、アーン」
バナナを口に入れてもらい凱央はマクマクと嬉しそうに食べる。
微笑ましい姿を直樹達は笑顔で見ていた。
「あら、競馬中継始まっちゃうわね」
「ん? もう、そんな時間か。直樹、送ってくれるか」
里美がテレビをつけてくれたのに、重幸は帰ると言った。
「重幸伯父さん、帰るの?」
「ああ。せっかく春香がしっかり施術してくれたんだから、今日と明日は安静にしておくな」
「うん。木曜日の手術頑張ってね」
重幸は、地下駐車から出してきた直樹の車に乗り自宅へと帰って行った。
車に乗り、しばらくすると直樹はクックックと笑い出した。突然笑い出した直樹に、重幸は怪訝そうな顔をした。
「春に叱られてる兄さんの姿は見ものだったな」
「う……うるせぇ。あんなド正論でブン殴られたらグウの音も出ねぇよ」
「正論のフルスイングだからな」
「正直、あの親の子とは思えねぇな。お前と里美さんは、マジで良い子育てしたよ」
「ハッハッハ」
重幸に褒められた直樹は上機嫌で運転をしていた。
中山競馬場 10R 第53回皐月賞 G1 15:35発走 芝2000m
春香と子供達と里美、大急ぎで帰ってきた直樹で応援した結果、雄太は二週連続で優勝した。
春香のテンションが上がりまくったのは言うまでもない。




