69話
『鷹羽さんへ
いつ電話をすれば迷惑にならないか悩んでいた処、予約者リストに鈴掛さんのお名前を見付けたので、手紙を渡していただくようにお願いする事にしました。
1日は残念でしたね。
でも、初騎乗で二着は凄いって思いました。
競馬に詳しくない私が言っても説得力に欠けるし、一着じゃないと意味がないと鷹羽さんは思われるとは思いますが、私は次に繋がる順位だと思いました。
負ける事からも得られる経験もあるかなって。
負けたくないのは分かっているのですが、全部のレースを勝てる訳はないですよね?
気を悪くされたらごめんなさい。』
(次に繋がる順位……。次は勝てるって信じてくれてるんだ……。負ける事からも得られる経験……。さっきまで 俺が考えてた事は、負けたから次は こうしようって事だ……。勝ちたいから……次は一着とりたいからだ……。負けたからこそ、俺は必死で考えてたんだ……)
そして鈴掛の言葉が甦る。
『お前が主席で騎手学校を卒業したからって、騎乗すりゃ勝てるってモンじゃないのは分かってるよな?』
『誰かが勝てば、誰かが負ける。だから俺達は、勝つ可能性を1%でも上げる為に必死になる』
春香が自分の勝利を信じてくれている。
競馬に詳しくないと言う春香が、鈴掛と同じように勝つ事も負ける事もあると知っていてくれる。
そう思うだけで雄太の胸は熱くなる。
『次にレースに出られるのは今週末でしょうか?
今週末は、両日共予約が入っていて 競馬場に行く事は出来ませんが、心の中で精一杯応援しています。
いつか鷹羽さんが、直樹先生の教えてくれた重賞と言うのに出られる時が来たら、競馬場で直接応援出来たら良いなって思っています。』
(いつかG3……いや、G1で勝つ所を 市村さんに見て欲しい……。そんな事を思っても良い……かな……? もしG1に出られる時が来たら……見に来てくださいって、誘っても良いかな……?)
『店の方に電話をいただいても、施術中だと出られませんので、自宅の電話番号を書いておきます。
急患でも入らない限り20時には自宅に戻っていますが、その頃には鷹羽さんはおやすみになっておられるかと思うので、休日にでも分かる範囲でレースの予定を教えていただけると嬉しいです。
くれぐれも無理はしないでくださいね?
私の我が儘ですので。
では次に会える日を楽しみにしています。
市村春香
★☆☆―△□△―○*●○』
(市村さんの自宅の電話番号教えてもらえた……)
それだけで雄太の胸はドキドキと高鳴る。
チラリと時計を見る。
(20時まで、まだ時間あるなぁ……。いや、まだまだ……だ)
時刻は16時半を過ぎた処。
朝が早い自分の寝る時間まで気遣ってくれているのに、20時を待って電話をすれば気を遣わせてしまうかも知れない。
それでも、やっぱり声が聞きたいと思ってしまう。
(休みの日って月曜日だし……。それだと今週末のレース終わってる……。日曜日の夜だとしても同じだし……。どうしようか……)
明日には調整ルームに入らないとならない。そうなると電話する事など出来なくなる。
(今週末に出るレースの事だけは伝えたい……。レースの事だけじゃなく ゆっくり話したいけど無理だしな……。よし。20時になったら電話しよう。)
雄太はそう決心すると、またどう騎乗するか考えるのを再開した。
(市村さんが応援してくれるからだけじゃない。俺が選んで、俺が進むと決めた道だから……。俺は、俺の夢を諦めない。俺の夢を叶えるんだ。絶対に)




