6話
「あ……ヤベ。営業終了アナウンスに切り替えんの忘れてた。……ま、良いっか」
直樹は受話器を取る。
「お電話ありがとうございます。東雲マッサージです。本日の営業は……」
『終了しました』と言おうとしたのを遮られる。
『直樹先生か。ようやく繋がった。悪いな。トレセンの鈴掛だけど』
「あぁ、鈴掛さん。予約?」
(鈴掛さんなんだ。予約って事はアクシデントじゃないよね)
少し気になったが 、一般の予約なら自分は聞いていなくても良いかと思い、持ち場であるVIPルームの片付けの続きをするべく春香は歩き出した。
「え? あ、ちょっと待ってください。春」
春香は直樹の呼ぶ声に振り返る。
「残業いけるか?」
直樹が短く訊く。
春香を指名と言う事は『神の手』を必要としている人が居ると言う事。
「はい、大丈夫です。準備にはいります」
春香はそう答えると、小走りでVIPルームに向かった。
「鈴掛さん、いけます。着いたら通用口のインターホン押してください」
『悪い。じゃあ 今から向かうから』
「はい。気を付けて」
直樹はそう言って受話器を置くと、今度は忘れずに営業終了のアナウンスが流れるようにボタンを押した。
「今月は少し無理させてるわね。春香、大丈夫かしら……」
里美はVIPルーム向かった春香を気遣う。
「春が『大丈夫』って言ってるから 大丈夫なんだろうけど……。来月は 少し休ませよう」
「そうして頂戴。でないと、また動けなくなってしまうわ」
春香の神の手は無尽蔵に使える訳ではない。
体調や精神力が関係しているようで、それを見極められるまで何度も体調を崩し寝込んだ。
今も、たまに体調不良になる事があるので、施術回数や頻度には細心の注意をはらう必要があった。
(無理しないように言っても、あの子は聞かないし……)
里美は何度目かの溜め息を吐いた。