690話
帰り道、凱央はヨタヨタと歩いていた。どうやら、乗馬の疲れが足にきているようだ。
悠助の乗ったベビーカーに付けてある輪っかを持っているのだが、何度も立ち止まったりしていた。
「凱央、疲れたなら抱っこしてやろうか?」
「ン。パッパ、アッコシテホチイ」
「ほら、おいで」
雄太が手を伸ばすと、凱央は雄太に抱きつき肩にもたれかかった。
「凱央、大丈夫か?」
「ジィジ、ライジョブ」
「そうか? なら良いが」
慎一郎は疲れ切った様子の孫が心配で堪らない。
「まだ乗馬は早かったか……」
「早かったと言うより、夢中になり過ぎたんだよ」
「んん……。儂としては、凱央に楽しんで欲しかったんだが……」
「疲れたとは思うけど、間違いなく楽しんでたと思うぞ?」
心配そうな慎一郎に、グッタリしているはずの凱央が声をかける。
「ジィジ、マタモモタンノエユ?」
「ん? 凱央はまた乗りたいか?」
「ン。ノイタイ」
「そうか、そうか」
疲れて眠そうな顔をしながらも、凱央がまたポニーに乗りたいと言うのだから慎一郎はホッとした。
「父さんの予定が空いてて、俺が仕事入ってない時にさ……。また凱央の乗馬に付き合ってやってくれないか? もちろん、小野寺先生が良いって言ってくれないと駄目だけどさ」
「ああ、構わんぞ。儂も凱央が喜ぶ顔が見たいからな」
照れくさそうに言う雄太の言葉に、慎一郎はにこやかに笑った。
帰宅をし、風呂に入ろうという時点で、凱央は動きがゆっくりとなっていた。服を脱ぐのもやっとというかんじだ。
「ん〜、晩飯までもたないんじゃないか?」
「かも知れないね。凱央、もう少し我慢してね?」
「アイ……」
春香に髪と体を洗ってもらいながら、何度も大きな欠伸をしていた。湯船に入ると、オモチャで遊ぶ事もせず雄太の太ももに座っている。
(ん〜。本当に眠そうだなぁ……)
春香が悠助の体を洗いながら湯船を見ると、雄太の肩に頭を預けて目を閉じていた。
「あぁ……。駄目みたいだね」
「え? あ、静かだと思ったら」
「悠助抱いててくれる? 先に出て凱央を寝かせてくるね」
「ああ。悠助、パパにおいで」
春香は悠助を雄太に抱いてもらい、凱央に声をかける。
「凱央、ママのお部屋行って寝ようね? 抱っこしてあげるからおいで」
「ン……。マッマ……」
目をクシクシと擦った凱央は、春香に抱かれて風呂を出た。春香がバスローブを着ている間に、凱央はコロリと広げたバスタオルの上で横になってしまった。
「凱央、お体拭こうね」
「ン……」
「ほら、拭き拭きしてパジャマ着ないと悠助に笑われちゃうよ?」
「ンッ‼ パラマキユっ‼」
パチッと目を覚まして起きたのかと思ったが、パンツを履いてパジャマを着ながら、またウトウトしだした。
「後はトイレだけだよ。頑張ろうね?」
「ン。バンバユノ」
そう答えた後には大きな欠伸をする。何とかトイレを出ると、凱央は泣きそうな顔をした。
「マッマァ……。アッコシテホチイ……」
「うん。おいで」
春香に抱っこされた凱央は、部屋に着くまでにスースーと寝息を立てて眠ってしまった。ベッドにそっと寝かせると、教室で嬉しそうにしていた姿を思い出し、春香は凱央の髪を撫でた。
(おやすみ、凱央。今日は頑張ったね)
「……モモタン……ハシウヨ……」
「へ? 寝言?」
きっと、ポニーに乗っている夢を見ているのだろう。モニュモニュと口が動いて、ヘヘヘと笑う。
(ふふふ。可愛い)
どんどん雄太に似てくる凱央の騎乗姿は、春香の胸に深く刻まれた。
開け放っていたドアの外から雄太が声をかけてきた。
「あ〜。マジで寝落ちたか」
「うん。トイレから部屋に来るまでで限界来ちゃったみたい」
「そっか。まぁ、寝かせておいてやろう。乗馬の疲れとはしゃぎ過ぎたのもあるだろうしな」
「うん」
そのまま眠っていた凱央だが、真夜中にムクリと起き上がった。
「マッマ、オニャカヘッチャ」
「え? あ、はいはい」
残しておいた夕飯を元気に食べる凱央に、春香は笑みが溢れた。




