686話
雄太の誕生日であっても、春香の誕生日であっても、ケーキは凱央と悠助も食べられるのが良いからと、いつもイチゴなどが多くのったケーキだ。今回、梅野が選んでくれたのはフルーツが贅沢にのっているタルトである。
冷蔵庫から出したフルーツタルトをテーブルの真ん中に乗せると、目をキラキラと輝かせ悠助は滝ヨダレを流していた。
「……悠助、お前……」
「アゥア〜」
ロウソクを立てている春香に代わって、鈴掛は笑いを堪えながらタオルで拭ってやっている。
「すみません、鈴掛さん」
「良いよ、春香ちゃん。雄太、凱央をトイレに連れてってんだしさ」
鈴掛は子供好きだから苦にならないと笑う。
トイレから戻った雄太と凱央が座ると、春香はロウソクに火を点けた。
「雄太くん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。皆もありがとう」
雄太がフゥーとロウソクを吹き消すと、パチパチと拍手が沸いた。凱央と悠助は小さな手を叩いている。
「パッパ、オメエト」
「ありがとうな」
春香がケーキを切り分け皿に乗せて手渡すと、鈴掛達はいつものように純也の前に自分のケーキを置く。
「サンキュっす」
「おう、食え食え」
「俺、イチゴ一個だけ食うから、後は純也が食え〜」
そう言って鈴掛はビールを呑み、梅野はイチゴを一つ摘み口に運んでいた。
「はい、悠助」
春香は小さく切ったケーキを悠助に食べさせる。マクマクと美味しそうに食べる悠助は満足そうだ。
凱央は嬉しそうに食べて笑った。
「パッパ、エーキオイチィネ」
「良かったな、凱央。買ってきてくれた梅野さん……いや、真希さんにありがとう言わなきゃな」
凱央はフォークを握ったまま、梅野のほうを見た。少し考えて、ペコリと頭を下げる。
「マタチタン、アリアト」
「おぉ〜っ‼ おじちゃんから脱却したぞぉ〜」
凱央の言葉に梅野が歓喜の声を上げ、凱央の頭を撫でた。
「凱央ぉ〜。またケーキ買ってやるからなぁ〜」
「アイ。マタチオイタン」
「何でまた、おじちゃんに戻るんだよぉ〜。凱央ぉ〜」
また床に崩れ落ちた梅野に、皆が笑い転げた。
皆が帰り、子供達が寝ついた後、雄太と春香は二人っきりの時間を満喫していた。
とは言っても、明日も早朝から仕事だから短時間だが、それでも二人には掛け替えのない時間だ。
「雄太くん、良いパーティーだったね」
「くす玉は、さすがにビックリしたけどな」
春香はザルを二つ使って造ったくす玉の中から、馬のぬいぐるみまで出てきた事に笑いが止まらなくなったのを思い出し、また笑いが込み上げる。
「凱央は、雄太くんに喜んでもらいたいって思ったんだろうね」
「そうだろうな。凱央……、本当に成長してるんだな」
雄太はリビングボードの上に飾っておいた凱央が描いた絵に視線を移した。
「いつの間にか、あんな絵を描けるようになってたんだな」
「雄太くんがお仕事から帰ってくる時は、もうお絵描きしてなかったもんね」
前から、リビングの棚にクレヨンや画用紙などが置いてあったのには気がついていた。その時に中を見るとグルグルとした物が描いてあるだけで、絵だと認識出来る物は描いていなかったのだ。
「ヘルメットや鞭を持ってる姿を覚えてて、ちゃんと描いてくれたんだよな」
「うん。横にはアルも描いてくれて嬉しかったでしょ?」
「嬉し過ぎて……」
「涙出た?」
春香に笑いながら訊ねられ、雄太は顔が赤くなる。
「……正直、ヤバかった。号泣するかと思った。あれに合う額を買ってこなきゃな」
「ふふふ。そんな雄太くんが大好きだよ」
春香は、雄太の腕にもたれかかった。少し見上げると、雄太は耳まで真っ赤だった。
「あ、春香」
「なぁに?」
雄太はゆっくりと席を立ち、リビングを出ていった。戻った雄太の手にあったのは大き目の紙袋。
「バレンタインのお返し」
「ありがとう。じゃあ、私からは誕生日のプレゼント」
春香も雄太へのプレゼントを手渡した。
「ありがとう、春香」
「うん」
そっと寄り添い、しばらく凱央の描いた絵を見詰めて幸せを噛み締めていた。




