第26章 復帰と復活 683話
1993年1月1日
朝から元気に庭を駆け回っていた凱央は、雄太の姿を見つけ駆け寄った。
「凱央。パパはお出かけするから良い子で待っててくれよ」
「アイ。パッパ、イッタタッタイ」
雄太は春香と抱っこしている悠助にも声をかける。
「じゃあ、いってくるよ。のんびりしててくれて良いからな?」
「うん。気をつけて」
のんびりしていてと言っても、春香は隣の実家の手伝いをするのでないかと思いながら挨拶周りへと出かけた。
午前中、春香は慎一郎宅で手伝いをしていた。
凱央も挨拶周りにきた人達に挨拶をしていた。
「アテマチテオメレトウゴライマチュ」
「おやおや。四代目は、もう立派に挨拶が出来るんですな」
「ハッハッハ。孫の成長は早いもんですな」
慎一郎は目尻が下がりまくりだ。
悠助は、春香が自宅から持ってきたベビーウォーカーでチョロチョロと動き回っていたが、なぜか人見知りをしてしまい、挨拶に訪れた人を見るたび、逃げて隠れていた。
「人見知りの時期は過ぎたのに、どうしちゃったのかしらね?」
「トレセンで顔を合わせたかたもいらっしゃったのに……」
昼食を食べている悠助は、いつもと変わらずにいた。
釜揚げしらすの混ぜご飯を食べていたと思ったら、ふと顔を上げて慎一郎のほうを見た。
「ジッジ」
「え?」
「あ、悠助が……」
「あら」
春香と理保が目を丸くして、悠助を見詰める。
「は……春香さん。もう雄太や春香さんの事は呼んでるのかね?」
「いえ。まだ、パパもママも一度も言ってません。お義父さんが一番最初です」
「ああ……嬉しいな。悠助、ありがとうな」
慎一郎は、満面の笑みを浮かべながら悠助の頭を撫でた。
午後になり、家の中で遊ぶ事に飽きた凱央は外に出たいと言い出した。
「マッマ、タンリンタノユノ」
「え? 外で遊ぶの?」
どうしようかと思ったら、理保が春香のほうを見る。
「春香さん。ここは良いから外で遊んであげてね」
「でも……」
「一番忙しい時間に手伝ってもらったから大丈夫よ」
「すみません。じゃあ」
春香は悠助を抱き上げ、服の裾を引っ張る凱央と庭に出た。
凱央は慎一郎達から誕生日とクリスマスプレゼントとしてもらった三輪車に乗っている。まだ、上手くこげないから、地面を蹴っているのだが。
「マッマ〜。ウースケ〜」
「はいはい。ママ、ちゃんと見てるからね」
春香は凱央の様子を見ながら、時折慎一郎宅に訪れる客に頭を下げていた。
慎一郎宅の応接間からは、雄太宅との間にある庭が見えるから、挨拶が終わると皆庭のほうに視線を移す。
「慎一郎調教師は本当に幸せ者ですな。ご子息は大活躍しておられるし、こうやって敷地内同居をしてお孫さんの成長を間近に見られるのですから」
「ええ。本当に」
一生懸命に三輪車の練習をしている凱央。広げたブルーシートに座り、兄の姿を見て楽しそうに両手を振り上げている悠助。
(あの時、頑なに春香さんとの付き合いや結婚を認めなかったら、今こうやって孫達を見る事はなかったのだな……)
何度も思った事だが、幸せそうな様子を見るたびに思っていた。
挨拶周りが終わり帰宅した雄太が庭のほうに回ってきた姿を見て、凱央が駆け出していく。
「パッパァ〜、パッパァ〜」
この正月は、お世話になった調教師達の大半が海外旅行をしていたりして、挨拶周りは早く終わった。
「おかえりなさい。お疲れ様」
「ただいま。初詣に行こうか」
「うん。凱央、三輪車お片付けしてね」
「アイ。オタタツケシユ」
ちゃんと片付けを出来るようになった凱央を褒めてから、初詣に出かけた。
「パッパ、ンマタンオッチイネ」
「そうだな。凱央はこのお馬さん好きだな」
「ン。ンマタンシュキ」
人が多いからと雄太に抱っこされた凱央はアチコチ指差しては楽しそうだ。初めて初詣を経験する悠助は、春香に抱かれながら目を丸くしてキョロキョロしていた。
雄太と春香は、本殿で一年の無事を報告し、新たな一年の無事を祈った。




