676話
11月30日(月曜日)
28日に結婚記念日を迎えた雄太と春香は、夕飯を一緒にと言われ慎一郎宅の和室にいた。
「春香さん、増々騎手の妻が板についてきたな」
「そんな感じしますか? お義父さん」
「ああ。儂も理保も安心して見ていられるぞ」
慎一郎と理保は、雄太に対する批判記事を見て、春香が不安になったりするのではないかと心配していたのだ。
だが、春香はいつもニコニコとしていたし、雄太と仲良く庭で子供達を遊ばせたりしていて、夫婦仲に影響があるように見えなかった。
「ありがとうございます。嬉しいです。お義父さんとお義母さんが隣にいてくださるから、何かあったら頼れるっていうのがあったんですよ」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」
テーブルの真ん中に置かれた土鍋がクツクツと煮え、良い匂いのする湯気が部屋に広がっていく。
「ジィジ〜、ジィジィ〜」
「ん? どうした、凱央」
「オヒジャ、ノッチェイイ」
「へ?」
雄太と春香が贈ったガラスの猪口で日本酒を呑んでいた慎一郎は、膝に手をついて顔を見上げる孫を見詰めた。
「膝の上に乗って良いかって言ってるんですよ」
「ああ、そういう事か。良いぞ、凱央」
理保に通訳してもらった慎一郎は、自身の膝をポンポンと叩く。嬉しそうに笑った凱央は慎一郎の胡座をかいている足の間に座った。
悠助は雄太宅から持ってきたベビーチェアに座って、テーブルの上に置いた馬のぬいぐるみで遊んでいる。
「春香。父さんの為に言ってた日本酒ってこれか?」
「うん、それそれ。ごめんね、持って来るの忘れちゃってて」
一度自宅に戻った雄太が、一升瓶を抱えて戻ってきた。慎一郎の目が大きく見開かれる。
「え? そ……それは……」
新潟の美味い酒だと言うのは知ってはいたが、中々手に入らないと諦めていた品だった。
「い……良いのかね、春香さん」
「はい。馬主の月城様が杜氏さんとお知り合いだそうで、お願いしたら送ってくださったんです」
「おお……。さすが月城さんだな。今度会ったらお礼を言わねば……」
雄太から手渡された一升瓶を手にした慎一郎は、ラベルをしみじみと眺めて嬉しそうに笑う。
「父さん、呑まないのか?」
「え? あ〜、そうだな。あまりにも嬉しくてな。春香さん、ありがとう」
雄太が苦笑いを浮かべながら言うと、慎一郎は照れくさそうに笑い春香に礼を述べた。
春香はニッコリと笑うと、ゆっくり呑めるようにと凱央をベビーチェアに座らせた。
慎一郎はにこやかに日本酒を呑み、凱央と悠助はマクマクと豆腐や野菜、柔らかく煮えた鶏肉を食べている。
「マッマ、オタワイチョウアイ」
「はいはい」
春香は少し冷ました豆腐などを器に入れてやる。
「アバゥ〜、ダウダァ〜」
「ん? 悠助もおかわりか?」
雄太も別皿で冷ましていた豆腐やうどんを器に入れてやる。
「春香さん。凱央も悠助も食べるスピード遅くなってきたから、後は雄太に任せて食べなさいね」
「はい。そうします」
理保に笑って答えた春香を見た雄太も頷いていた。
「凱央と悠助は良い子だな。ちゃんと人参も食べて」
良い感じに酔っ払った慎一郎が、そう言ってチラリと雄太を見る。
「……何だよ。この歳で父さんに良い子だなんて言われたいとか思わないからな」
「フフ〜ン。儂は何も言っとらんぞ?」
渋い顔をする雄太とご機嫌な慎一郎の言い合いを見て、春香と理保はクスクスと笑っていた。
凱央と悠助が寝た後、自宅のリビングでのんびりと話す。
「なぁ、春香。せっかくの結婚記念日だったのに、実家で鍋で良かったのか?」
「うん。凄く楽しかったもん」
そして、そっとお互いにリボンのかかった箱を差し出す。
雄太から春香へはウェッジウッドのティーセット。春香の好きなイチゴが描かれている物だ。春香から雄太へはショートブーツ。
「次の結婚記念日まで、笑い合って過ごそうな」
「うん。雄太くん大好き」
「俺も大好きだ」
外は冬の風が吹いていて寒さが身に染みるようだったが、雄太と春香の心はポカポカと温かかった。




