67話
「だろうな」
(思春期の野郎が、親に恋愛話を聞かれるとか拷問だもんな。俺だって聞かれたら死にたくなったろうしな)
若かった頃の自分を思い出しながら、ジャケットの内ポケットから ラベンダー色の封筒を取り出した。
「これ、預かって来たぞ」
「え? 手紙……ですか? 俺に?」
鈴掛はニヤリと笑う。
「そうだ。お前に……な。春香ちゃんからのラ・ブ・レ・ター」
「え? えぇ~っ⁉」
ボン
そんな音がするぐらいの勢いで、雄太の顔が真っ赤になった。
「って、言って良いか分からんが、お前に渡してくれってさ」
(ラブレターって言葉の衝撃ってスゲェのなぁ~)
鈴掛は、そんな事を思いながら、雄太に封筒を差し出す。
(ラ……ラブレターなんて……俺、もらった事ないぞ……。ラブレターじゃなくても、市村さんからの手紙……。市村さんからの……)
雄太は、バクバクと早鐘を打つ心臓の音が、鈴掛に聞こえるんじゃないだろうかと思いながら手紙を受け取った。
『ラブレターじゃないかも知れない』とは思うが、表書きの『鷹羽雄太様』と言う自分の名前でさえ、春香が書いてくれたのだと思うと顔が緩む。
早く中を確かめたいが、自宅に来てくれた先輩。しかも、好きな人からの手紙を預かって持って来てくれた先輩に、『手紙を読みたいから早く帰ってください』とはさすがに言えない。
そう思っていると、鈴掛が グイッと顔を近付けて
「お前さ、今、『早く帰れ』って思ってるだろ?」
とズバリと言った。
「そっ‼ そんな事は………ない……ですよ………?」
ヒクヒクと顔をひきつらせながら言う雄太に、鈴掛は我慢が出来ず、盛大に吹き出した。
「お前って、本当に、馬に跨がってないとマジ子供だよな。梅野がかまうのが分かるぞ」
そう言ってゲラゲラと大笑いをする。
(うぅ……。ポーカーフェイスを覚えたい……)
雄太がガックリと肩を落とすのを笑いながら見ていた鈴掛は、コーヒーを一口飲み
「まぁ、帰っても良いけどなぁ~。日曜日の春香ちゃん情報は聞きたくねぇか?」
と言った。
(日曜日って、競馬場に来てくれてた話っ⁉)
雄太は、またコクコクと激しく首を縦に振った。
「春香ちゃん、マジで阪神に居たってよ」
(市村さん……。本当に阪神まで来てくれてたんだ……。俺の初騎乗を見にわざわざ……)
嬉しくは思うが、初騎乗は二着。
その後も一着を獲れなかった事を思うと、やはり悔しさが胸によみがえる。
「でな。春香ちゃん、お前の馬券を買ってたんだってよ」
「馬券を……ですか……?」
わざわざ阪神競馬場まで足を運んでくれただけでなく、馬券を買っていてくれた事に驚いた。
「あぁ。お前には『見てくれ』って言われただけだけど、『応援したい』って気持ちが、『馬券を買う』になったんだって言ってたぞ」
(俺の応援を……。ありがとう、市村さん……)
そう思ってから、ふと気付いた。
「あの……市村さんは馬券の買い方とか分かってたんでしょうか……?」
競馬中継のテレビですらまともに見た事がないと言っていた春香が、馬券の買い方を知っているとは思えなくて、雄太は不安に襲われた。
複勝なら4レースは当たっていたが、単勝や枠連は外しているはず。
鈴掛はコーヒーカップをテーブルに置くと、真剣な顔で雄太を見た。
「雄太。春香ちゃんは、競馬に関しては『ド』がいくつ付くか分からないぐらいのド素人だ。難しい事は理解出来ないだろうからと、直樹先生からお前の乗る馬の番号だけを買うように言われて、単勝だけを買ったんだってよ」
「た……単勝なら、市村さんは……」
せっかく買った馬券は全て外した事を知り 雄太は青ざめた。




