660話
月曜日
雄太が凱央を連れて病院へと来てくれていた。春香が退院するまで東雲は臨時休業をしているが、直樹と里美は病院勤務がある。
「直樹ったら、同じ病院内にいるのに凱央と悠助に会う時間が少ないとか言って、出勤をゴネてたのよ」
「もう……。お父さんたら」
店を休んでくれたのはありがたいが、直樹の孫バカはどうしたものかと春香は苦笑いを浮かべた。
「昼休みに来れば良いだけなのにね。困ったジィジよね、凱央」
「ジィジ、クユ?」
「午前中の患者さんがひけたら、猛ダッシュで来るわよ」
ベッドに座って絵本を見ていた凱央は、ドアのほうを見ながら訊ねた。里美は、時計を確認してクスクスと笑っていた。
その時、病室のドアが開いて、新生児ベッドを押して雄太が入ってきた。
「悠助の沐浴終わったぞ」
「お疲れ様、雄太くん」
春香が行くつもりだったのだが、雄太がやりたいと言ったのだ。春香は、休みの日はゆっくりして欲しいと言ったのだが、休みの日だからやりたいと。
「ウースケ、ウースケ」
「悠助がお風呂に入って気持ち良かったよ、お兄ちゃんって言ってるぞ」
「ン」
凱央はニコニコと新生児ベッドを覗き込み、弟の小さな手をそっと撫でている。
「パッパ、ウースケネンネ」
「へ? あ、本当だ」
雄太が覗き込むと、悠助はフワフワと欠伸をして、そのまま眠ってしまった。
「風呂入ってスッキリして眠くなっちゃったんだな。水分補給したから、腹も減ってないんだろうけど」
「うん。赤ちゃんの睡眠時間は安定するまでこんな感じだもんね」
「そうだな」
雄太は一息ついて、スヤスヤと眠る弟をニコニコと満足気に眺めている凱央を見る。
「凱央、パパが買ってきてくれたイチゴ洗ってきたわよ」
「イチオ、タベユ〜」
里美が洗ってきたイチゴを見せると、凱央の目がキラキラと輝く。雄太は凱央を抱き上げ洗面所へ向かった。
「春香の大好きな旦那様は、子煩悩だし、サッと動いてくれて幸せね」
「えへへ」
幸せそうな春香を見ていると、里美も嬉しくなるのだ。若い雄太と結婚する事に全く心配していなかった訳ではないからだ。
プロポーズをした時、雄太は十九歳だった。しかも、騎手という特殊な仕事に就いていた。当時、雄太の父慎一郎は反対の姿勢を見せていたのもあった。
(春香が信じて愛した男性が、本当に良い子で良かったわ)
ニコニコと眠っている悠助を見ている春香の前にイチゴを乗せた皿を置く。
「お母さん、ありがとう」
「凄く良い匂いしてるから甘いと思うわよ」
「うん」
手を洗って来た凱央達と甘いイチゴを堪能して、里美は一度家に戻った。
悠助が泣いて起きるたびに、凱央はお兄ちゃんっぷりを発揮している。
「ウースケ、イーコイーコ」
「ほら、悠助。お兄ちゃんが撫でてくれてるよ」
フヤフヤと泣いていても、凱央の小さな手に気づくと悠助はジッと見る。
その隙にオムツを替えて、おっぱいを飲ませる準備をする。
「凱央が悠助を見てくれるから助かっちゃう」
「こんなに小さくてもお兄ちゃん出来るんだな。凱央、良い子だぞ」
悠助がンクンクと母乳を飲んでいるのをジッと見ている凱央を、雄太は頭を撫でていた。
「パッパ、イチオアユ?」
「ん? イチゴはもうないぞ?」
「ウースケ、イチオタベユ?」
「悠助は、まだイチゴ食べられないんだ」
「ン」
悠助にもイチゴを食べさせてやりたいと思ったのだろう。自分が食べていたからと、弟にもと思う凱央の優しさに雄太は凱央を抱き上げた。
その時、凱央の腹がグゥ〜っと鳴った。
「凱央、お腹減ったのか? まだ夕飯まで時間あるしな……。よし、パパとオヤツ買いに行くか?」
「ン。プインタベユ」
里美が夕飯を持って来てくれるまで、まだまだ時間がある。オヤツを食べても大丈夫だろうと雄太は凱央を連れて病室を出た。
「お兄ちゃん、悠助にイチゴ食べさせたかったんだって。優しいお兄ちゃんで良かったね、悠助」
凱央と悠助が並んでオヤツを食べる姿を想像するだけで、春香は幸せだなと思った。




