658話
4月26日(日曜日)
京都競馬場 10R 第105回天皇賞(春) G1 15:40発走 芝3200m
爽やかに晴れ渡った快晴の京都競馬場には、多くの競馬ファンが詰めかけていた。
アレックスは十四頭立ての二番人気だ。
「凄い人だなぁ〜。なぁ、アル」
輪乗りをしながら、アレックスに話しかける。
(アルの気合いも充分だし、枠も良い。やるぞ、連覇)
雄太の頭の中では、様々なレース展開が組み上がっている。ファンファーレが鳴り響き、次々とゲートに入っていった。
ゲートが開くと、アレックスは綺麗にスタートをきった。先行争いをしている馬を見ても、かかる事なくアレックスは中団に位置を取ると、そのまま一周目のスタンド前を過ぎて行った。
その姿は馬群の外側にあり、アレックスも鞍上の雄太の姿もはっきりと見えた。
「パッパァ〜、バンバエ〜」
「雄太くん、頑張れ〜」
特別室とは言え病院で大声で応援する訳にはいかないとは思うが、凱央はアレックス似のぬいぐるみをフリフリして精一杯応援している。
里美は店を休みにして凱央を連れて来てくれている。直樹が京都競馬場に行ってくれているからだ。
(もう直ぐ、雄太くんに報告出来るのね。喜ぶんでしょうね)
立ち合い出産を二度も叶えられなかった義息子の笑顔を、里美も楽しみにしている。
向こう正面を過ぎ、3コーナーにかかるとアレックスは少しずつ加速を始めた。馬群の外側を周っているのに、それを物ともしない速さだ。
蹴り上げる芝と土が舞い上がる。スーッと先行馬の横を前に前にと順位を上げていく。
直線コースに入ったアレックスはラストスパートをかけ先頭にたった。
「よしっ‼ 雄太っ‼ 行けぇ〜っ‼」
直樹は周りの観客達と同じように声援を送る。
アレックスは追い縋る馬を突き放し、スタンド前を先頭で駆けていた。
「雄太くんっ‼ アルっ‼ もう少しっ‼」
「パッパァ〜。アウ〜」
画面の中、アレックスはゴール板を一着で駆け抜けた。
「やったぁ〜」
「パッパァ〜、パッパァ〜」
春香と凱央は両手を挙げて喜んでいた。
ウイニングランをしていた雄太は、何度もアレックスの首筋を撫でた。
「ありがとうな、アル。ほら、皆喜んでくれてるぞ」
アレックスは、荒い息を吐きながらも、ドヤ顔をしているようだった。
手を挙げて拍手と祝福にこたえながら引き上げていると、観客席から大声が聞こえた。大歓声に紛れながらも、何度も名前を呼んでいる。
「雄太ぁ〜っ‼ 雄太ぁ〜っ‼」
(え……? この声は……お義父さん?)
「雄太ぁ〜っ‼ 産まれたぞぉ〜っ‼」
何万もの人々が詰めかけている観客席を見回す。たくさんの人の中にチラリと見えた白い垂れ幕。凝視すると文字が読めた。
『悠助 4月24日午後15時誕生3100g』
直樹の周りの人達が『産まれた』の声と垂れ幕に気づき、驚きの声を上げ拍手が広がる。そして、その拍手とどよめきは次第に広がっていった。
「おめでとう〜っ‼」
「誕生祝いがG1勝利とかやるじゃねぇかぁ〜‼」
「俺は、前の時も現地で見てたぞぉ〜」
記者達は、大きな望遠レンズのついたカメラを直樹のほうに向けている。カメラに収めたのか、また雄太のほうにカメラを向けて撮影を始めた。
(また号外出るかな? 今回も春香はもらえなかったって拗ねるんだろうな)
そんな事を考えながら、大きく沸いた観客席に右手を振ってこたえた。
「お疲れ、雄太」
「お義父さん、報告ありがとうございました」
「今回は近かったから楽だったぞ」
合流した直樹を車に乗せ、重幸の病院へ車を走らせる。
「それでさ、悠助って名前の事なんだけど、意味は?」
「あ、春香は言ってなかったですか?」
助手席で直樹は頷いた。
「『悠』って『はるか』って読めるじゃないですか。春香を助けてくれる子になって欲しいなって思って。凱央の時は春香の俺への願いだったんで」
悠助の名付けの意味を聞いて、直樹の中の雄太株が爆上がりしたのは言うまでもない。




