651話
前回同様、草津からトレセンに出勤をしている雄太は、それまでと何ら変わる事なく、調教をしたり厩舎に顔を出したりしていた。
帰りに慎一郎の新居の完成度を見たり、郵便物や留守番電話の確認をしたりもしている。
「ん? 雄太か」
「父さんも来てたんだ」
調教が済み、自宅に寄った雄太は、建設中の新居の様子を見に来た慎一郎の姿を見つけた。
「ああ。春香さんの様子はどうだ?」
「予定日近いんたけど、何かまだっぽい感じだな」
凱央の時にあった『赤ちゃんが下りてお腹がすいた』という感じが、まだないと言っていたのだ。
「予定日なんてあってないようなものだって理保が言ってたからな」
「ああ。平日の昼間に生まれてくれとか思っても無理なんだよな」
出来れば立ち合い出産をと希望している雄太だが、凱央の時は残念ながら出来なかった。
今回こそとは思うのだが、こればかりはどうしようもない。
「まぁ、な。孫の誕生の場にいられるというのは感動したから、今度も……という思いはあるな」
「そうだな」
春香を自慢の嫁と言い、凱央が生まれた時は感動のあまり、目を潤ませていた慎一郎は第二子の誕生を心待ちにしている。
「ここが完成して、二人目が生まれたら、目に入れても痛くない孫の傍で暮らせるのだと思うと感慨深いな」
「父さんの本音は、なるべく早く孫二人と口取り写真に納まりたい……だろ?」
「ふふん。よく分かってるじゃないか」
慎一郎はニヤリと笑い、完成間近の新居を仰ぎ見ていた。
草津のマンションに戻ると、凱央は昼寝をしていた。手にはしっかりと馬のぬいぐるみが握られている。
「雄太くんが帰ってくるの待ってるって言ってたんだけど寝ちゃった」
「遊び疲れたんだろ?」
「正解。お客様達がかまってくれるからはしゃいじゃって」
春香は、昼間に無理がない程度に店を手伝っていた。マッサージは出来なくても、受け付けや電話対応なら出来るからだ。
客の中には、春香を可愛がってくれていた方々も多くいるから、二人目を心待ちにしてくれている事で、店にいると客が増えていると直樹が言っている。
「マッサージ店の待合で、積み木させたりしてるのってどうなのかなって思ってたんだけどな」
「ご近所の皆さん、自分の子の小さい頃を思い出すとか、孫みたいだって思って遊んでくださるの」
「東雲のマスコットボーイだな」
「約二ヶ月限定だからっていうのもあるみたい」
春香の里帰りを喜んでくれたり、凱央を可愛がって遊んでくれたりする客をありがたいと思う。
中には幼児がいると落ち着けないという人もいるかも知れないと、春香は不安に思っていた。
『うちのお客さんで、凱央を可愛がってくれない人なんて居ないさ。春香の子だって思えば、更に可愛さマシマシだしな』
直樹も里美も呑気だなと春香は思っていた。だが、入院中は店で遊ばせる事になるのだからと見守る事にしていた。
「今日、塩崎さんと梅野さんがマッサージに来てて遊んでもらったのも嬉しかったみたい」
「あ〜。そう言えば、そんな事を言ってたな。週末の桜花賞に備えて筋肉のメンテに行くって」
「うん。塩崎さん、張り切ってるね」
「そうだな」
純也も桜花賞の騎乗依頼をもらっており、気合いが入っているのだ。
純也の目から見ても良い馬らしく、手も合っていると言っていた。
『G1に出る事もだけど、G1で勝つ事も大変だからな。チャンスはガッチリ掴みたいんだ。もっともっと上を目指したいからさ』
純也は何度かG1に出走は出来てきたが勝つ事が出来ず、悔しい思いをしてきた。何度も雄太と比べられたが、腐る事なく前を向いて、努力を重ねてきた。
「塩崎さんも雄太くんと一緒に走れるの嬉しいって言ってたよ。桜花賞の日は、二人共応援するからね」
「ソルも応援するのか……?」
「友達だもん。雄太くんの親友でライバルだし」
拗ねたように言う雄太にそっと寄り添う。
「一番は雄太くんだし、勝って欲しいのは雄太くんだけなんだからね?」
「ああ」
凱央が起きるまで、二人でまったりと過ごしていた。




