650話
ある程度の荷物を片付けた頃、インターホンが鳴った。
「お、晩飯が届いたな。雄太、一緒に来てくれ」
「はい」
雄太と直樹は、連れ立って受け取りに出て行った。
「何か、良い親子っぽく見えるのよね」
「うん。何となく雄太くんとお父さんって似てる感じする時あるの」
「そうね。仕事に真摯に向き合う部分とか、真剣な顔をしてる時とか雰囲気が似てる感じがするわ」
里美は立ち上がり、お茶の準備を始めた。春香は隣に立ち、湯飲みを並べる。
「私が雄太くんを好きになった時、お父さんが反対しなかったのって、真面目なところとか分かってたから?」
「そうよ。確かに、競馬っていうギャンブルの世界にいる子だけど、根が真面目で優しくて、春香を大切にしてくれるのが分かったから反対出来なかったみたい」
「うん」
ガチャリとドアが開き、オードブルなどを手にした雄太と直樹が戻ってきた。
「良い匂い〜」
「あら本当」
テーブルに置かれたのを覗くと、デミグラスソースのかかったハンバーグやポテトフライなどがあり、凱央が喜びそうなのを直樹が注文してくれたのが分かる。
「凱央、手を洗いに行くぞ」
「アイ」
雄太に連れられ洗面所に向かう凱央を優しい笑顔で直樹と里美は見送った。
「タタチマチュ」
ハンバーグやポテトを皿に乗せてもらい、凱央はニコニコ笑顔で食べ始めた。
引っ越し作業をしたから、いつも以上に飯が美味いと雄太は思った。
「美味しいわね〜」
「里美がちゃんと食べられるようになって良かった良かった」
「そうね。病気になって仕事を休むなんて、春香を引き取ってからなかったものね」
直樹は、焼き鳥や枝豆をつまみながら、ビールを呑んでいる。
「そう言えば、お母さんが病気してるのも、お店を休んでるのも見た事なかったね」
「健康が自慢だったもの」
「寝込んでるって聞いてビックリしちゃったもん」
インフルエンザは感染するからと、手伝いも断られた春香は心配でたまらなかった。
「直樹の言葉の端々に私も年を取ったって感じがしてたのよ?」
「え? お父さん、お母さんにそんな酷い事を言ったの?」
「い……い……言ってないっ‼ 誤解だっ‼」
春香に横目でチラリと見られ、直樹は必死で手を左右に振った。
「あら、そうかしら?」
「本当だってっ‼ 里美が心配でたまらなかっただけだからっ‼」
「なら良いんだけど」
直樹と里美のやり取りを見ていて、ツボった雄太は下を向いて忍び笑いをしていた。
「まぁ、久し振りにしっかりと休ませてもらったわ」
「お母さんも、ちゃんと体を休めてね?」
「あら? 何度言っても週休二日制を拒否していた春香が、それ言うの?」
「えぇ〜」
春香をかまう里美も楽しそうだった。
食事を終えた直樹は膝の上に座っていた凱央の頭を撫でながら訊ねた。
「凱央、風呂は誰と入る?」
「ウ? オフオ?」
「ジィジと風呂入るか?」
「アイ」
驚いたのは雄太と春香だ。いつものように雄太と入るのかと思っていたら、直樹と入ると言うのだ。
「よし、ジィジと風呂入って、一緒に寝ような」
「アイ」
雄太の目が真ん丸になっている。いきなり親離れされた気分なのだろう。
「よし、ジィジのお家に行こうな。パパとママにバイバイしようか?」
「アイ。バーバイ」
(と……凱央ぉ〜)
小さな手をフリフリして、直樹と手を繋いで出て行ってしまった凱央の姿に、雄太は固まってしまった。
「行っちゃった……。あ、お母さん。凱央の着替え出すね」
「ええ。じゃあ、泣いたら連れてくるわね」
春香が着替えを手渡すと里美はニッコリと笑って家に戻って行った。
「と……凱央が……」
「ははは。何かアッサリ行っちゃったね」
「……子離れって……切ないな……」
パパっ子だと信じて疑わなかった凱央に、バイバイと手を振られたショックは大きいようだ。
「俺が居ない時の為には良いんだけど、ちょっと……な」
「うん。久し振りの夫婦水入らずも良いんじゃない?」
「……そうだな」
言われてみればそうだなと思った雄太は春香の手を握って笑った。




