648話
3月26日(月曜日)
週末、中京で三勝、阪神で一勝をした雄太は、しばらく草津で生活をする為に段ボールを買ったばかりのワンボックスカーへ積み込んでいた。
凱央の出産の時より荷物が多い。凱央の着替えだけでなく、お気に入りのオモチャもあるからだ。
「とりあえずこれだけだと思うんだけどな」
「要る物があったら言ってくれたら取りにくるから心配しなくて良いぞ?」
「うん」
約二ヶ月生活する春香のマンションでは、直樹が前回同様色々と準備してくれている。
春香が甘えてくれるのも嬉しい直樹だが、凱央と過ごせるのが何より楽しみだと言っていた。
「お父さん、凱央と遊べるようにってオモチャ買おうとするんだもん。止めるの大変だったんだよ?」
「想像出来てしまうのが……な」
「気持ちは分かるけどね。お母さんにお父さんと凱央がオモチャ屋さんに行かせないように、目一杯お願いしておいたんだよ。困っちゃう」
車に乗り込みながら春香は苦笑いを浮かべる。
凱央は、チャイルドシートで馬のぬいぐるみ抱えている。慎一郎と理保の家を建ててくれている大工さんが造ってくれた木製の積み木を持つと言ったのだが、持ちきれなくて半ベソをかいていた。
「マッマ、チュミチぃ……」
「ジィジのお家まで我慢してね?」
「アイ……」
雄太が積み木を袋に入れて助手席に置いてあるのを恨めしそうに見ている。
言えば我慢が出来るのだが、自己主張が出来てくると、こういった事もあるのだなと雄太はバックミラーで凱央を見た。
「凱央、そろそろジィジの所に行くぞ。あっちに行ったら積み木出してやるからな?」
「アイ」
草津に向かって車を走らせると、凱央の興味は車外へと向いた。
「凱央には里帰り出産の意味なんて分からないだろうな」
「そうだろうね。荷物はたくさんあっても、草津に買い物に行く時と同じよえに考えてるのかも」
「かもな」
草津まで買い物に出かけた時に東雲には寄るようにしている。直樹も里美も凱央に会いたがっているからだ。
その時と車外の景色が一緒であるし、雄太が『ジィジの所に行く』と言ったから、東雲に行くとだけは理解しているだろう。
「今度は、父さんが淋しがるだろうな」
「お布団いただきに行った時、そんな感じしたよね」
「ああ」
前回と同じく鷹羽家から布団をもらった。
「凱央の時と同じようにお布団を持って行って欲しいのよ」
「え? 何で?」
「前のは汚れたから捨ててくれたんでしょう? 今回もそうしてもらえると嬉しいわ。引っ越しするんだから、荷物を減らしたいのもあるのよ」
理保の提案で、新居も収納は多くしてあるが、それでもある程度は減らしたいとの申し出だった。
自身の新居への引っ越しの時に、春香が結構な家具家財を処分した事から雄太は了承したのだ。
「お義父さん、しばらく留守にしますのでお願いしますね」
「え? ああ、うん。新居の様子見に行くから、ちゃんと留守は任せておいてくれ。野菜や花の水やりもしておくから」
「はい。ありがとうございます」
春香と会話しながらも、ジッと凱央を見て切なそうにしていたが、男としてのプライドから『凱央と会えなくて淋しい』とは口に出来ないのだろう。
「じゃあ、これが玄関とかの鍵な。俺も、寄ったりするから」
「分かった。東雲さんによろしく言っておいてくれ」
「ああ。出産の時とかは凱央の時と同じ感じになると思うんだ」
「そうだな。何かついこの間って感じだったのに二人目だな」
雄太自身もあっという間という感じがしているのだ。凱央の成長からして、それなりに時間は経っているのだが。
「ジィジ〜」
「お? 何だ、凱央」
「ジィジ、ンマタン」
「ん? これはアレックスか?」
「ン。アウ〜」
凱央はお気に入りのアレックスぽいぬいぐるみを慎一郎に見せながら話す。
「アレックスは強い馬だな」
「ン。アウ、アッコイイ」
「儂の馬のぬいぐるみも凱央のお気に入りになってもらわんとな」
可愛い孫とのふれあいの時間を堪能している慎一郎を見て、雄太達は自然に笑みが溢れていたのだった。




