644話
午後になって、新居の様子を見にきた理保は、春香からお茶に誘われた。
「美味しい和菓子をいただいたんですよ」
「あら、綺麗ね」
ダイニングのテーブルに上生菓子と緑茶を置いた春香は、ニッコリと笑った。
「バァバ〜、ドウド」
「ありがとう、凱央」
理保は小さな手を差し出した凱央の頭を撫でる。
「タタチマチュ」
「ゆっくり食べるのよ?」
「アイ」
春香がたこ焼き機で作った鈴カステラをマクマクと食べ出した凱央に理保は目を細める。
自分の分をテーブルに置いた春香は、ゆっくりと椅子に座る。
「後一ヶ月ぐらいね」
「もう少しかかるんじゃないんですか?」
「あら、出産の事よ?」
「あ……あはは。新居の事かと」
噛み合ってない会話に顔を見合わせて笑う。
「春香さんたら」
「私、完成が楽しみで楽しみで、つい」
「ふふふ。舅姑と敷地内でも同居したいなんて中々居ないわよ?」
理保は、ゆっくりとお茶を飲みながら言う。少なくとも、理保の知り合いで嫁と上手くいっていると言う話は殆ど聞かない。
「そうみたいですね。テレビや雑誌でも上手くいかないって話ばかり見ます。まぁ、上手くいっている話は面白くないって思われるから取り上げないのかも知れませんけど」
「そうね。春香さんと上手くいってる私は羨ましがられてるわ」
一般的に結婚が早かった息子と少し年上の嫁。しかも、夫である慎一郎は交際すら猛反対していたのに、今は自分が居ない時間に春香と凱央がきてくれたと聞くと拗ねるぐらいだ。
そんなと仲良くご飯を食べたり、お茶したりするなんて、理保も想像していなかった。
オカズを持ってきたり、いただき物のお裾分けをしたりと、息子が居ない時にでも、孫を連れて訪れてくれる嫁が可愛いのだ。
「ん〜。他のかたはどうか分からないですけど、私はお義母さんと話したりするの好きですし」
「私もよ」
にこやかに話す春香だが、何度か気の強い部分を理保に見せた事がある。だが、理保は自分の為でなく息子の雄太の為だと理解していたから、春香への評価は下がらなかった。
むしろ上がったと思っている。今も、理保の代りに新居の建設作業員達に差し入れをしてくれたりを進んでしてくれている。
「家が完成して、本当に近くに住むようになったら、もっともっと甘えて頂戴ね」
「はい。甘えさせてもらいます」
そう明るく言ってくれたが、本当に甘えてくれるだろうかと思いながら理保は春香を見た。
「お義母さん、ちょっと凱央を見ていてくれますか?」
「え? 良いわよ」
上生菓子を食べ終わった理保に、突然と春香は言った。そして、リビングで遊んでいた凱央に声をかけた。
「凱央」
「アイ」
呼ばれた凱央はトテトテと歩いてくる。凱央の前に膝をついた春香は、凱央の両手を握った。
「ママ、ちょっとお外に行ってくるから、バァバと待っててくれるかな?」
「マッマ、オトチョ?」
「うん。大丈夫かな?」
「ラージョーウ」
「良い子にしててね」
春香は凱央の頭を撫でて、そのままリビングのドアを開けて出て行った。
(春香さん、どこに行くのかしら?)
理保は閉まったリビングのドアを見た後、またリビングへ戻り遊んでいる凱央を見詰めた。
凱央は、木製の積み木を積んだりして大人しく遊んでいた。
チラチラ時計を見ながら、凱央を見ていると約二十分ぐらいすると、春香はリビングに戻ってきた。
「マッマァ〜、オタエイ」
「ただいま、凱央。良い子にしてたね」
春香に頭を撫でられて、凱央は嬉しそうに笑った。春香はダイニングに戻り椅子に腰かけた。
「春香さん、何をしてたの?」
「凱央がお義母さんと二人っきりになって泣かないかなって思って」
「あら、実験してたのね」
春香の意図を理解した理保はニッコリと笑った。
「いずれ、お義母さんに凱央を見ていただく事もあるかと思ってるんです。その時に泣いたりしたら困るなぁって」
「そうね。でも、凱央泣かなかったわね?」
「はい。良かったです」
理保は、孫を任せてくれるのだと思ったら嬉しくなり、ニッコリと笑った。




