640話
地下の自室でスッキリと目が覚めた雄太は、大きく伸びをした。
リビングに行くと、凱央の元気な声が響いていた。
「おはよう。凱央、元気だな」
「パッパ、アーヨ」
「おはよう、雄太くん。よく眠れた?」
トテトテと駆け寄ってきた凱央を抱き上げ、椅子に腰掛ける。
「ああ、しっかり寝られた。腹減ったぁ〜」
「うん。何かリクエストある?」
「そうだなぁ〜」
膝の上に座らせた凱央の頭を撫でながら窓の外を見る。二月にしてはスッキリと晴れていて、日差しが眩しかった。
「今食べたら昼飯が入らなくなりそうだなぁ……。なぁ、今日何か予定あったか?」
「予定? 何もないけど?」
「ならさ、散歩に出て昼飯は外食しないか?」
「そうだね。良いお天気だし」
コーヒーカップをテーブルに置き、春香は椅子に腰掛けた。
「ふぅ〜」
「凱央の時と腹の大きさ変わんないのに、重そうだな」
「体重にも気をつけてるし、腹囲も変わらないんだけどね」
妊娠中毒症にはかなり気をつけている。自分自身よりも子供が一番だと春香は思っているからだ。
「寒いから外に出るのが少なくなってて、筋力とか体力が落ちた……とかかな?」
「そうかも」
「だからって筋トレする訳にもいかないもんな」
雄太が帰ってきてから散歩に行く事もあるのだが、冬の日暮れは早く、体を冷やさないようにと散歩時間は短くしていた。
昼間の温かい時間は、なるべく散歩に出たほうが良いなと、雄太達は散歩と昼食に出かけた。
家を出て、山手のほうに向かって歩く。いつもと違う方向に向かっているからか、凱央はキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
「オトトイユ?」
「ん? ここに鯉はいないぞ? メダカぐらいならいるのかな?」
小さな用水路を覗いたり、トレセン横を流れている川に注ぎ込む川を覗いたりしている凱央はご機嫌だ。
散歩している犬を真剣な顔をして眺めたり、警戒している野良猫を捕まえようとしたりしている内に、初めてのデートで訪れた喫茶店に着いた。
「結構歩いたから、お腹減っちゃったなぁ〜」
「明日、足が筋肉痛になってたりするかもな」
「うん」
朝食を食べていなかった雄太は、久し振りにカツカレーを頼んだ。春香はドリア。凱央はマスターの特製お子様ランチだ。
「タタチマチュ」
小さな手を合わせていただきますをする凱央に、マスターはデレデレしていた。
「あ、そう言えばこの前、トレセンで健人に会ったんだ」
「そうなんだ。健人くん、元気だった?」
「ああ。元気も元気。超元気だったぞ」
「良かった。健人くんが小学校卒業してから、中々会えないからどうしてるのかなって思ってたの」
小学校は雄太宅の近くなのだが、中学校はかなり離れていて、雄太宅とは逆方向になる為、偶然会う事もなかったのだ。
「春香と凱央の事、いっぱい訊かれたぞ。元気なのかとか、赤ちゃんはどうしてるとか」
「そっかぁ〜。気にしてくれてるんだね。嬉しいな」
生意気な口をきくが、根は優しく競馬に対しては真摯な姿勢で向き合っている健人。乗馬教室で、『素質がある』と褒められたと春香に報告しにくる可愛さがあった。
「今はサラブレッドで練習してて、俺にも見て欲しいって言ってた」
「雄太くんに憧れてるって言ってたもんね」
「時間のある時にでも見に行ってやるよって言っといた」
「うん」
雄太に憧れ、同じ騎手を目指し、努力を惜しまない健人はどんな騎手になるのだろう。
「健人とソルは性格が似てるから、あの二人のほうが良いライバル関係になりそうだけどな」
「あぁ〜。そう言えば似てるかも知れないね」
上を目指しひたすら努力をしているところや、負けず嫌いなところも、お菓子が好きなところも似ている。
「憧れてくれてるだけならまだしも、俺のライバルになるとか生意気を言うからな」
「そんなところも塩崎さんに似てるんだね」
この先、健人はどう成長していくのだろうかと思うと、斜め向かいでハイチェアに座り、ガツガツとお子様ランチを頬張っている凱央とダブってしまう部分があるなと思った雄太だった。




