634話
準備が整い、凱央と純也の誕生日と忘年会とクリスマスパーティーと言う合同宴会を始めた。
「春さん……。俺、幸せっす……」
純也がウルウルとした目で見詰めているのは、ローストビーフとローストポークがドド〜ンと盛り付けられた大皿だ。
「それ、注文したのも買ってきたのは俺だぞ?」
「あぁ……。最高〜。絶景〜」
「ソル、聞いてるか?」
うっとりと大皿を眺めている純也を見て、鈴掛達がゲラゲラ笑っている。
雄太が、たびたび凱央と遊んでくれたりしている礼だと、肉屋の店長に頼んでいたのだ。
注文した時に『今まで店やってきて最高量だな』と喜んでくれた。
「しかも美味いっすよ、春さん」
「たくさん食べてくださいね」
「ういっす」
鈴掛達はワインを呑みながら、アレコレ食べていた。
「カルパッチョ、美味いな」
「良いですねぇ〜」
「美味しいって言ってもらえるのが、一番嬉しいです」
コロッケを凱央用に小さくしながら、春香は嬉しそうに笑う。
「マッマ、コオッチェ」
「はいはい」
雄太も肉屋のコロッケが好きで、生を買ってきて揚げた。揚げたてのサクサクが嬉しくて頬張っている。
「雄太ぁ〜。俺にもコロッケくれ」
「え? あ、ほら」
箸で一個つまんで純也に差し出す。
「サンキュ」
大きなコロッケをバクッと一口で口にした純也に、全員が目を見開いた。
「ひ……一口って、ソル、お前……」
「純也ぁ……。お前さぁ……」
「どんなデカい口してんだ……?」
幸せそうにモグモグと食べる純也の姿がツボった春香は、しばらく涙を流しながら笑っていた。
凱央が寝るとコレクションルームに宴会の場を移した。しばらくレースがないからと言う事で、まだまだ呑んで食べて話すつもりだ。
「なぁなぁ、雄太ぁ〜。アメリカってどんな感じだったんだ?」
「そうだなぁ〜。何もかもスケールがデカいって感じだな」
純也は、ビール片手に壁一面のトロフィーや盾を眺めながら訊ねた。
「俺もいつか行ってみたいなぁ〜」
「梅野もチャンスあるだろ?」
「そう言ってもらえるの嬉しいですよぉ〜」
良い感じに酔っ払った鈴掛と梅野も、春香のブースのサイン色紙や写真を眺めている。カームの尻尾や蹄鉄、アレックスの尻尾。どれも春香の宝物だ。
「この口取り写真、本当良い写真だよな」
「慎一郎調教師、本当に良い顔してますよねぇ〜」
「この凱央を抱いてる奴、調教師の財布の中にも入ってるんだぜ?」
口取り写真を撮る前、凱央を観客にお披露目していた姿は、鈴掛も雄太も見た事がないぐらいの笑顔だった。
「爺バカ全開ですからね」
「俺は、さすがに爺とは言えないぞ」
「俺もですよぉ〜」
雄太がニヤリと笑いながら言うと鈴掛達は苦笑いを浮べた。
「おっちゃん、マジ凱央を可愛がってるよな。雄太にさ、自分トコの馬を乗せたい理由が、凱央と口取り写真撮りたいからだって言ってたぞ?」
「あ〜。それ、俺も聞いたな」
純也達にそんな事を言っていたのかと雄太は苦笑いを浮かべる。
「今まで、父さんに親孝行ってどうしたら良いのかって考えたけど、春香の事も気に入ってくれてるし、凱央を可愛がってくれてるのが一番かなって思ってたんだ。でも、あの日に競馬場で見せた事がない優しい顔をしてたから、父さんのところの馬で勝って、一緒に写真に納まれるって良いなって思ったんだよな」
春香と付き合っていた頃の慎一郎とはまったく違っていて、あの頃にはこんな未来は想像も出来なかった。
「来年の春になったら二人目が産まれるだろ? そしたらおっちゃんさ、片手に凱央、産まれたチビを抱っこして写真を撮りたいって欲が出そうだな」
「あぁ〜。それ言いそうだな。腰痛めなきゃ良いけどな」
雄太は息子として、純也は親友の父親としての立場で話すが、鈴掛達はやはり元天才騎手で現役の調教師には、遠慮がある。
「お前等、マジで言いたい放題だな」
「遠慮ないよなぁ〜」
雄太も純也も遠慮するような間柄ではないだろうとニヤリと笑っていた。




