628話
11月28日は、雄太と春香の結婚記念日。
「春香。今日までありがとうな」
「雄太くん……。私のほうこそありがとう」
春香は妊娠中という事で、烏龍茶で乾杯をする。
「せっかくの結婚記念だってのに、鍋で良かったのか?」
「うん。何かね、無性に水炊きが食べたくなったの」
結婚記念日なのだから外食でもと雄太は思っていたのだが、春香はその日にならないと食べたい物が決まらないと言うのだ。
妊娠中は、体重が増え過ぎないなら食べたい物を食べたほうが良いという事だからと、春香は好きな物を食べていた。
「マッマ、オタワイ」
「はいはい」
凱央の器に冷ましておいた豆腐や白菜、ほぐした鶏肉などを入れてやる。
「オーチィ」
「良かったねぇ〜」
普段の夕食と変わらないが、それでも結婚記念日だ。
食べに行かないならばと、仕事終わりに様々なアイスを買ってきた雄太に、春香は抱きついて喜んだ。
(春香って、年中アイス食べてるんだよなぁ〜)
京都にデートに行った時も、寒いのに屋外で美味しそうに抹茶ソフトを食べていたのを思い出す。雄太も春香に初めて食べさせてもらった懐かしい思い出である。
(あれ、写真撮られて大変だったなぁ〜)
マスコミの盗撮写真が週刊誌に載り、慎一郎と揉めた事すら、かなり昔のような気がしてくる。
おそらく、春香と結婚が出来て、凱央が生まれたからだろう。当時とは、格段に生活状況が変わった事で、時間の経過が違った感じがするのかも知れない。
「どうしたの?」
「ん? 凱央を妊娠中の時より、ちゃんと食べられてて良かったなって思ってさ」
「そうだね。あの時は、雄太くんにも心配ばかりかけてたよね〜」
熱が出たり、気持ち悪くなったりと、どうして良いか分からずにいたなと、思い出した春香は笑う。
「もしかしたら、お腹の子が『お兄ちゃんがいるから、ママの体調悪くしたら大変だな』とか考えてくれてるのかもな」
「うん」
凱央は手のかからない良い子ではある。だが、一人で出来る事はまだそんなに多くない。
もう少しすればトイレトレーニングもしたいと思っているが、大きくなったお腹で、上手くトレーニングさせられるかも不安なのだ。
「まだ先だけど、里帰りの時期も考えなきゃな」
「そうだね。前はあまり深く考えてなかったりしたけど、今回は凱央がいるし、ちゃんと予定を立てて考えなきゃなぁ〜」
雄太が調整ルームに入り、凱央と産まれたての赤ん坊を一人でみるのは大変だと思う。だから、里帰りの時期を決め、東雲での生活をしようと計画している。
生活に必要な物と凱央のオモチャも要る。前回と同じく引っ越しのようなものになるとは思う。
「ある程度の物はレンタルで済ませられるけど、それでも荷物は多くなるよな」
「お母さん、家に来てくれるって言ったけど、それじゃお店が回らなくなるから」
「だよな」
里美の申し出はありがたかったが、春香の床上げが済むまで店を休む訳にはいかないと断った。
「産前産後の二ヶ月は、また雄太くんに草津から通ってもらう事になるけど」
「大丈夫だって。一時間も二時間もかかるんじゃないんだし」
「うん」
まだまだ先の事だとは思うが、しっかりと予定を考えて、出産に備えようとしている。
凱央が眠ってから、二人でリビングのソファーに並んで寄り添っていた。
「何か、一年ってあっという間だな」
「うん。来年の今頃は、子供も二人になってるんだよね〜」
「ああ。産まれたばっかだって思ってた凱央がお兄ちゃんになるんだもんな」
身長や体重は標準だが、言葉の覚えが早く、重幸を驚かせている。
「重幸さんがしっかり凱央の成長や健康をみてくれててありがたいよな」
「次の子も任せろって張り切ってるんだよ? 自分が外科医だって事を忘れてるんだから」
強面の重幸なのに、凱央にも甘々であり、次の子もかと思うと雄太は笑いが込み上げる。
「私、毎日がすごく幸せだよ」
「俺もだ」
若くして結婚をした二人だが、様々な事を乗り越え、二人目を授かり、三回目の結婚記念日を迎え、より一層絆が深まった。




