626話
一時間弱車を走らせた春香が車を停めたのは、琵琶湖の西岸にある遊園地の駐車場だった。
(あ、ウーエンチって遊園地か)
平日月曜日だからだろう。駐車場は比較的空いていた。トランクからベビーバギーを下ろした雄太は凱央を乗せてベルトをする。
「ここの遊園地知ってたのか?」
「この前、テレビで見たんだぁ〜。で、凱央に遊園地だよって教えたの。凱央は、まだジェットコースターとか乗れないけどね」
遊園地の雰囲気だけで楽しくなったのか、凱央は体を揺らしていた。園内は、様々なアトラクションがあり、明るく楽しい音楽が流れている。
「凱央がテレビで釘付けになってた所から行くね」
「ああ」
そう言った春香が向かったのは園内にある池だった。
「ちょっと待っててね。あ、凱央を抱っこしててあげて」
「ああ、分かった」
雄太に凱央を任せ、その場を離れた春香が買ってきたのはドッグフードのような物が入った小袋だ。中から数粒取り出して凱央に持たせる。
「はい、凱央。どうぞするんだよ」
「アイっ‼」
凱央が手を離しポロポロと落ちた瞬間に、大きな錦鯉がバシャバシャと水飛沫を上げた。
「おおお〜っ⁉ 何だ、コレぇ〜っ⁉」
「パッパァ〜、オトトォ〜」
凱央が撒いた餌に群がり、鯉が鯉の上を泳いだりしている。手を出す凱央にまた餌を持たせ撒かせると、奥のほうからもドンドン鯉が集まって来た。
「はい、雄太くんも」
「あ、ありがとう」
春香は、雄太にも餌を差し出した。雄太と凱央が次々と餌を撒くと、収拾がつかないといった感じで鯉が大騒ぎをしている。
「ウキャウ〜、オトトォ〜」
テンションが上がりまくった凱央と夢中で餌を撒く雄太は、売店の餌を売り切れにした。
「あ〜。メチャ面白かったぁ〜」
「水飛沫凄かったね」
春香は凱央の手をウェットティッシュで拭いてやりながら、雄太を見上げ笑った。
ゆっくりと園内を歩いていると凱央が指差しながら声を上げた。
「パッパァ〜、ンマタン」
「馬? あ、メリーゴーランドか」
カラフルでファンシーな馬や馬車がある。これなら凱央も乗れるだろうと思い、バギーから下ろした。
四人乗りの馬車に乗ると、凱央が雄太の太ももをペチペチと叩いた。
「パッパ、ンマタン」
「ん? そうだな。お馬さんだな」
「もしかして、凱央は馬に乗ってって言ってるんじゃない?」
雄太が凱央を見ると、目をキラキラさせていた。
雄太はサッと馬車から降り、隣の馬に跨った。
「凱央、パパ格好良いねぇ〜」
「パッパ、アッコイイ〜」
春香と凱央の熱い視線とエールに照れた雄太だったが、時折馬車に手を振っていた。
帰りの車の中、はしゃぎ疲れた凱央はスースーと眠っている。
「凱央、楽しそうだったな」
「うん。雄太くんは?」
「メリーゴーランドで騎乗は恥ずかしかったけど、マジで楽しかった」
春香は雄太の弾んだ声にホッとして、バックミラー越しに雄太と凱央を見た。
チャイルドシートの横には、熊のぬいぐるみと車輪のついた馬のオモチャが置いてある。
「俺、メリーゴーランドもだけど、輪投げなんて何年振りにやっただろ」
「雄太くん、ムキになってたね」
「だって、凱央が頑張れって言うからさぁ〜。やっぱり取ってやろうってなったんだよな」
何度も何度もチャレンジする雄太に係員も笑顔になっていた。
「雄太くんが思いっきり笑ってくれて良かった」
「え? あ……えっと……」
雄太はバックミラーに映る春香を見詰めた。
「無理に笑おうとしなくても良いし、無理に話そうとしなくても良いよ? 辛い時は辛いって言ってくれて良いんだよ? 私に何が出来るか分からないけど……。話せる時が来たら、私聞くからね?」
心配させたくなくて笑顔を作っていた事も、春香には知られてしまっていた。なのに、何も言わずにいてくれて、遊園地へ連れていってくれた。
「色々とありがとうな、春香」
「えへへ。私は雄太くんが大好きだからやってるだけだよ」
ハンドルを握る春香が頼もしく見えた雄太だった。




