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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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612話


 8月4日、小倉でのG3を一着になり、アメリカ遠征に出かける日を迎えた。


(何か、あっという間だな……)


 荷物を玄関に置いてから、ゆっくりとアイスコーヒーを飲む。しばらく会えなくなるからと、馬の手押し車で爆走している凱央を眺めていた。


「パッパァ〜」


 片手をフリフリしている凱央の頭には雄太の使っていたゴーグルが乗っている。雄太の真似をして着けようとしたのだが、顔の幅が合わずカチューシャのようにしているのだ。


「凱央。ゴールする前に手を離したら危ないんだぞ」

「ウ?」


 不思議そうな顔をして、ハンドルから手を離し、足で床を蹴りながら雄太のほうへ向かってくる凱央に笑いが込み上げる。


「両手を離したら過怠金払わなきゃなんないんだぞ」

「タタイヒン」


 部分的な言葉ではあるが、凱央の言葉はかなり増えている。主に競馬関係の言葉が多いのは、雄太と春香の話しているのを聞いているからだろう。


「ンチャ、チョオアイ」

「はいはい」


 雄太と凱央のやり取りを笑いながら聞いていた春香は、麦茶の入ったベビーマグを凱央に手渡した。


「アーチョ」

「ゆっくり飲むのよ?」


 微笑ましい姿を見て、ふと腕時計に目をやる。


(もう、こんな時間かぁ……。家を離れがたい時ほど時間が経つの早いよなぁ……)


 アメリカでの騎乗は楽しみではあるのだが、やはり家から離れるのは淋しいのである。





 家を出る時間になり、玄関まで見送りに来てくれた春香を思いっきり抱き締めた。


「頑張ってくるからな」

「うん。無事にレース終えて帰ってきてね」

「ああ。帰ってきたら目一杯ベッドでイチャイチャしような?」

「うん」


 励ました返答が色っぽい誘いだったから、春香は頬を赤らめながら頷いた。凱央は春香の横に立って、雄太を見上げていた。


「凱央、ママの言う事を聞いて良い子にしてろよ?」


 いつもより大きな荷物を持った雄太に、少し違いを感じたのか凱央は両手を伸ばしてきた。


「パッパ、アッコ」

「よし、こい」


 凱央を抱っこして、頭を撫でると、真剣な顔をして雄太の首筋にギュッとしがみついた。


「どうした? 甘えん坊モードか? 良い子にしてたらお土産買ってくるからな?」

「ン」

「パパ頑張ってくるからな」

「パッパ、バンバェ〜」

「ああ」


 外から車の停車する音が聞こえた。迎えのタクシーだ。


「じゃあ、いってくるな」

「いってらっしゃい」


 雄太は春香にキスをする。離れがたい思いを押し込めてドアに手をかけた。


 大きなトランクを押しながら、右手を振り出て行く雄太に、春香も手を振った。


(競馬に絶対はない……。でも、私は信じてる。雄太くんなら頑張ってくれるって。後悔しない走りをしてね。そして、無事に帰ってきて)


 いつも思う事だけれど、それが一番の願い。


「凱央、お昼ご飯食べたらプールしようね〜」

「アイ。プゥウ〜」


 今日も暑くなりそうだなと思いながら凱央を抱き上げた。



✤✤✤



『春香、変わりはないか?』

「うん。元気だよ」


 淋しくさせないようにと、マメに電話をしてきてくれていた雄太。時差はあるのだが、春香は雄太の声が聞きたがった。


 今は、アメリカでのレースが終わったと思われる時間。春香の胸がドキドキと早鐘を打つ。


 少しの間があり、雄太の明るい声が春香の耳に届いた。


『やっと、春香に良い報告が出来るよ』

「え?」

『勝ったぞ。七戦三勝だ。しかも、重賞も獲れたぞ』


 その言葉にポロポロと涙が溢れた。拭っても拭っても溢れる涙が頬を伝う。


『春香』

「おめ……でと……う。おめでとう……雄太くん……」

『ありがとう、春香。早く帰って春香を抱き締めたい』

「うん。私も雄太くんを抱き締めたい……」


 遠く離れた地で一人で夢を叶える為に頑張っていた大切な男性ひとからの嬉しい報告に胸がいっぱいになった春香は、電話をきった後、リビングに飾ってある結婚式の写真を抱き締めていた。


(おめでとう、雄太くん。また一つ夢が叶ったね……)


 雄太の帰りが待ち遠しい春香だった。




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